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山澤慧チェロリサイタル|齋藤俊夫

山澤慧チェロリサイタル 邦人作曲家による作品集第1回
Kei Yamazawa Cello Recital
A Collection of Works by Japanese composers vol.1

2021年2月26日 トーキョーコンサーツ・ラボ
2021/2/26 Tokyo Concerts Lab.
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
写真提供:東京コンサーツ

〈演奏〉        →foreign language
チェロ:山澤慧
ピアノ:鳥羽亜矢子(*)

〈曲目〉
湯浅譲二:『ローカス・オン・コロンビズ・チャコーナ』(2010)
同上:『内触覚的宇宙IV』(1997)(*)
西村朗:独奏チェロのための『悲歌』(1998)
同上:『リチュアル』チェロとピアノのための(2001)(*)
細川俊夫:『線II』(1987)
同上:『リートIII』(2008)(*)
一柳慧:独奏チェロのための『プレリュード』(2013)
同上:チェロとピアノのための『コズミック・ハーモニー』(1995)(*)
武満徹:『オリオン』(1984)(*)
同上(寺嶋陸也編曲):『翼』

 

山澤慧のチェロには、ただ単に「上手い」と褒めるのを拒むギロリとした怖い何かが潜んでいる。迂闊に触れなば斬れなんその怖さに魅せられて我々は集まるのだが、今回のリサイタルは彼の音楽史上最大級に怖いチェロリサイタルではなかっただろうか。

まずは湯浅譲二の小品『ローカス・オン・コロンビズ・チャコーナ』。のどかな主題が奏でられたすぐ後に恐ろしく複雑かつ厳しい旋律が展開されて吹き荒れ、何処ともなく去って行く。この時点で山澤が我々を斬りに来ていると覚悟した。

同じく湯浅『内触覚的宇宙IV』。ピアノの弦を手で抑え、ガツン!というハンマーの音と倍音の残響だけを鳴らす特殊奏法に始まり、チェロが呻くような強迫的な音を吐き出す。その悶え苦しむチェロの怨み節の背後でピアノは通常奏法、特殊奏法を自在に用いて、チェロを責めさいなむかのような音を叩きつけてくる。
一旦ディミヌエンドからのG.P.を挟んで、(おそらく)cantabileが始まる。なんという悲しみをたたえた楽想であることよ。そして最低音域でチェロが消え、ピアノの内部奏法で終曲。

西村朗『悲歌』、弦と弓が接する位置、左指の圧力、単音と重音、通常奏法と特殊奏法などなど、様々な演奏パラメータのグラデーションによるこの「歌」の「悲しみ」はどこに由来するのであろうか?旋律らしき部分もあったが、耳に残ったのはチェロの多彩すぎるほどの音響群による悲しみであり、楽器も音も生物であるかのように感じられた。

たくましい肉体美を感じさせるオリエンタルなチェロの旋律に始まる西村『リチュアル』、このRitualはプログラムノートによれば宗教的な儀式であり、旋律はエジプトのコプト正教会の典礼朗唱旋律に由来するという。その宗教性が肉体的法悦と一体となっているのが西村ならでは。ピアノはチェロの背後で和音を叩きつける。最低音域から最高音域までフルに用いて轟々と歌い上げるチェロと、1打1打が火花のように爆ぜるピアノは対決するように。何かに取り憑かれたような、体温が高まっていくような感覚を覚えつつ、ラストのピアノによる和音の余韻が完全に消えるまで息を呑んで聴き入った。

西村と対極に位置する音楽家と筆者は捉えている細川俊夫『線III』は、「ジュウウウウ…」という擦弦噪音のロングトーンが突如はじけて楽音へと変化する。響かないピチカート、叫ぶような重音、軋るハーモニクスなど特殊奏法が目白押しだが、全ての音と沈黙がつながって1本の線―ただし三次元的に描かれた―をなす。西村の法悦とは対極的に、厳しいが精神的には極めて平静な世界。ただ、2丁の弓を用いて楽器のテールピースと胴を擦る音楽的意図は筆者にはつかめなかったことは正直に記しておきたい。

細川『リートIII』は先の作品と同じくこれも厳しい音楽だが、『線III』が観念的な線を描いたのに対し、本作品は人間の身体性に基づいた「歌」である。形式は即興的で自由なものだが、余分な贅肉を削ぎ落とした山澤のチェロのエネルギーに圧倒された。

一柳慧『プレリュード』、実在しない民族の音階といった風情の不思議な音組織を用いての民謡調の旋律に始まり、特殊奏法や速弾きなどあるが、この民謡調旋律が一番強い印象を与え、耳に残る。この旋律が作品内でどのような構造的意味を持っているか詳しくはわからねど、その求心力だけでも作曲者80歳における「プレリュード」として十分なように感ぜられた。

同じく一柳慧『コズミック・ハーモニー』、チェロがおそらく無調の主題を奏で、ピアノが後を追い、2人が呼応し、展開して行く。「コズミック」というにはあまりにも人間的で、チェロとピアノが親密に感じられた。されど終盤、チェロが次第に激しく、だが頂点を過ぎると次第に老いるように無調とも旋法ともわからぬ旋律(?)を奏で、それにピアノが鬱々とした感覚で寄り添い、チェロの強烈なピチカートで終曲したのは〈凄まじい〉宇宙の終わりであった。

武満徹『オリオン』は、筆者の印象内では異常に神経質でトゲトゲしくすらある武満。山澤のチェロの音色ゆえであろうか?熱く、激しく、表現主義的エネルギーが溢れんばかり。だが、チェロとピアノのデュオであるのに2人の音に距離があり孤独感がある。「こんな武満もあるのか」と驚くことしきり。最後、ディミヌエンドから無音に至り、この孤独なオリオンは終わった。

プログラム最後は寺嶋陸也編曲による武満徹『翼』であったが、(おそらく)バッハの無伴奏ヴァイオリン作品のような多声部書法で書いてあり、相当な難曲となっていた。しかし疲れも見せずに弾ききった山澤に温かい拍手が。

山澤のチェロの〈怖さ〉は彼がチェロにかける熱意に由来する。その強靭な音楽を求めて、また我々は彼のもとに集うだろう。

(2021/3/15)

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<players>
Cello:Kei Yamazawa
Piano:Ayako Toba(*)

<pieces>
Joji YUASA:Locus on Colombi’s Chiacona
YUASA:Cosmos Haptic IV(*)
Akira NISHIMURA:Threnody for cello
NISHIMURA:RITUAL for cello and piano(*)
Toshio HOSOKAWA:SEN II
HOSOKAWA:Lied III(*)
Toshi ICHIYANAGI:Prelude for solo cello
ICHIYANAGI:Cosmic Harmony(*)
Toru TAKEMITSU:Orion(*)
TAKEMITSU:Wings(arr. by Rikuya TERASHIMA)