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ルネサンスと鳩時計——東京人から見たスイス|一時帰国①  紙幣のなかの建築家|秋元陽平

ルネサンスと鳩時計——東京人から見たスイス
Renaissance And Cuckoo-Clock —— Notes on Helvetia by a Tokyoite
一時帰国①  紙幣のなかの建築家
Temporary leave from Switzerland 1 Architect in the bill

Text & Photos by 秋元陽平(Yohei Akimoto)

私はこれまでスイスとその文化的風土について滞在者の視点からつらつらと書いてきたが、皆よくご存じの理由で(pour la raison que vous connaissez bien——もはやあの疫病の名には触れないのがスマートであると言わんばかりに、最近受けとったイベント中止を告げる仏語メールのいくつかはそんな表現を用いていた)いまは一時帰国を余儀なくされている。旅行記の書き手としては格好のつかない形だが、もとより留学生にはさまざまな類型があって、一度母国を離れたのだからそうそう帰ってたまるかという古風な矜持にすがる者もいれば、なにかと理由をつけてちょくちょく帰りたがる者もいて、私も決して望んだわけではなかったのだけれども、これまでにも事務上の理由で短期の一時帰国を幾度も決行してきたことは事実である。そもそも、漱石の陰鬱なロンドン留学はさておくとしても、もう少し優雅なもので横光利一の『旅愁』に描かれたようなパリ留学にはあった、祖国を遠く離れた精神的孤独や、それを発条にした創造的なノスタルジーという神話は、前日にweb予約した格安航空便にチケットレスで飛び込める2020年にはもちろん神話としても期待できはしない。だいたいパリのCDGや(もはや悪名高い)ロンドンのヒースロゥへのアクセスと比べても、ジュネーヴのコワントラン空港はコンパクトで交通至便で機能的、日本に劣らず定刻運行のトラムと国鉄をスマートに乗り継いで市内の自宅から1時間ほどであっという間に機上の人というわけで、このヘルヴェティアの公共機関特有のつるりとした円滑さは旅人の感慨にそぐわない。『旅愁』の主人公ならば、荒涼とした大地を切り裂くように走る大陸横断鉄道で一路東をめざし、果てに満州の地平線にのぼる朝日を見たときに覚えるはずの「帰ってきた」という「一足早い境界の実感」は、最速トランジットをyoutubeで宣伝するヘルシンキ・ヴァンター空港の日本人・韓国人用レーンにならぶさらに前、日本語で書かれた標識の数々と、モールの一角を占めるラーメン屋の存在によって、あらかじめなしくずしにされてしまっている。

それでもこうした一時帰国の日常には、気ぜわしい行ったり来たりに特有の、わずかな時間だけ白昼夢を見ているような混乱がある。たとえば、スイスの電話会社のSDカードを埋め込んだiphoneを日本でローミング使用するとき、パケットの上限を超えてしまったせいで、見慣れた日本語の、家電量販店の目がちかちかするようなウェブサイトから、まさに「スイス的」というべきクリアカットなデザインのリダイレクト画面に突然飛ばされていかめしいドイツ語の注意書きに出くわしたときや、街で買い物をしようとして百円玉と間違えてスイスフラン硬貨を財布から取り出して店員に怪訝な顔をされたときがそうだ。円滑につながれたグローバリズムの継ぎ目から、ごくわずかな疎外感の尻尾を捕まえたような気になる。

貨幣といえば、スイスでは、ほぼ千円札にあたる10フラン紙幣をついこの間まで飾っていたのは建築家ル・コルビュジエである。スイスフランというのは、どうにもクラシカルなポンドやドル紙幣に比べると、よりモダンなユーロ紙幣に近いが、発色がより鮮やかで、そこに人物に関連するオブジェ(コルビュジエの場合、モデュロールなど)を透かして重ね合うという趣向の、なかなかに人目につく派手なものであり、ボードゲームに使用されていそうな趣がある。そこにル・コルビュジエことシャルル=エドゥアール・ジャンヌレ=グリ氏が——丸眼鏡を指で押し上げ、口をへの字におし曲げた老人が描かれているのだが、わたしがこの紙幣になじんですぐ、デザインが新しいものに取り替えられることになった。偉人男性の顔ばかり公共のシンボルとなるのはどうかという声があったのかもしれないが、なんにせよ、新しい紙幣はスイスの「多面的価値」をより抽象的に表現するものになったようだ。

スイスという小さな国の、さらに小さく分割された同言語圏内でさまざまなコミュニティに出入りしていると、すべてが血縁と地縁の内側に引きずり込まれるような感覚をおぼえる。例えば以前スタール夫人についての学会発表を準備していたとき、大学構内でスタール夫人の末裔に当たるという弁護士の男性から、流ちょうな日本語で(滞在が長かったらしい)話しかけられたことがある。それだけではなく、留学をはじめて早々に、故あってル・コルビュジエの親戚にあたる紳士に知り合うことがあった。あるフランスの新聞に「ヨーロッパの良識あるエリートの化身」と評されたその紳士は、国際機関で要職を務めた後、スイスの中央銀行で総裁となったが、そこで血縁者であるル・コルビュジエが載った10フラン紙幣に署名する偶然に見舞われたのである。その話を聞いた私たちは酒席の思いつきで、10フラン札に直筆で彼に署名してもらい記念とした。

別段この高名な建築家について、彼から知られざるこぼれ話を聞いたということはない。御年八十歳を超え、戦後ヨーロッパの国際協調史の生き証人である彼自身の話がいつも面白く、文学研究などしているくせに元来芸術家の伝記的な生に関心の薄い私は、特段コルビュジエについて掘り下げて訊こうと思わなかったのである。それ以降、このサイン入り紙幣は財布に入ったままなのだが、2019年冬の一時帰国のとき、私はうっかり札入れから千円札を出すときにうっかりこの紙幣を落としてしまったことがあって、それがル・コルビュジエという名前が頭に浮かぶ切掛けとなった。吐く息も白い御茶ノ水駅のキオスクの前の床に落ちた、モデュロール、銀行家の鋭ったサイン、そしてきらびやかな幾何学模様がなにほどか場違いなほど明晰な印象をもたらすこの10フラン札を拾って、そういえば彼は、日本で最も著名なスイス人芸術家のひとりではなかろうか?と思いなんとなくその名で検索をかけると、上野の西洋美術館で「ル・コルビュジエとピュリスムの時代」という展覧会がちょうど開催されているらしい。コンサートこそ充実しているものの、ジュネーヴはパリなどと違って美術館に恵まれた街だとは言えないから、欧州芸術の展覧会に気軽に行くには東京の実家のほうがかえって良いのである。だが私は気が進まなかった。(続)

(2020/10/15)

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秋元陽平(Yohei Akimoto)
東京大学仏文科卒、同大学院修士課程修了。在学中に東大総長賞(学業)、柴田南雄音楽評論本賞などを受賞。研究対象は19世紀初頭のフランス語圏における文学・哲学・医学。現在ジュネーヴ大学博士課程在学中。