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オペラシアターこんにゃく座公演 オペラ『末摘花』|齋藤俊夫

オペラシアターこんにゃく座公演 オペラ『末摘花』
Operatheatre Konnyakuza Opera Suetsumuhana

2020年9月9日昼の部 俳優座劇場
2020/9/9 daytime section Haiyuzagekijou
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
Photos by 前澤秀登/写真提供:オペラシアターこんにゃく座

<スタッフ>        →foreign language
原作:榊原政常「しんしゃく源氏物語」
作曲:寺嶋陸也
演出:大石哲史

美術:杉山至
衣裳:宮本宣子
照明:成瀬一裕
振付:向雲太郎
舞台監督:八木清市
舞台監督助手:石橋侑紀
音楽監督:萩京子

<出演>
ピアノ:寺嶋陸也
(光組)
姫(末摘花):高岡由季
侍従:小林ゆず子
少将:岡原真弓
宰相:花島春枝
叔母:山本伸子
右近:石窪朋
左近:荒井美樹

 

〈信じる〉とは、〈夢見る〉とは、どういうことだろうか。筆者は本舞台を見てから、〈信じる〉〈夢見る〉ということについてずっと考え続けている。

本作は「源氏物語」の光源氏が須磨へ退去し、2年が経とうとしている冬、光源氏と契りを交わしたことのある末摘花姫の荒れ果てた屋敷が舞台。貧困の中で末摘花は身近な女性たちにすら見捨てられていっても、光源氏が訪れるのをひたすら待ち続け、終幕でついに光源氏が来て、ハッピーエンドとなる。

しかし、末摘花が幾年もその訪れを信じ続け、訪れを夢見てきたのは、果たして〈現実に存在する光源氏という人間〉のことだったのだろうか。

彼女は信じる対象(光源氏)を信じていたのではなく、信じていれば対象はどうあれ必ず報われる、さらには、報われなくとも自分は信じ続ける、という、〈信じる〉ことを〈信じる〉心、言わば〈信仰への信仰〉を抱き続けたのではなかろうか。
また、彼女が夢に見続けていた光源氏の訪れ、それは現実の貧困の度合いが増せばますほど光り輝く、現実の裏返しの夢だったのではなかろうか。彼女は貧困を見ていなかったのではなく、貧困を見れば見るほど輝く夢をその中に見ていたのではなかろうか。

現実社会を生きる我々、また、末摘花とその乳母たる少将以外の、現実社会=合理社会の中で生きる登場人物たちの目には、これらの〈信仰〉〈夢〉は愚かなものにしか映らないだろう。都落ちしてから2年間、文も寄こさず、また都に戻ってから半年も音沙汰のない光源氏を待ち続けるより、受領の夫を持つ叔母を頼れという叔母自身と周囲の言葉は合理的に見れば正しいだろう。末摘花のソプラノの、みやび、というより現実離れした動きの少ない宮言葉の歌声に対して、周囲の女性たちの動きのある標準語や京都弁や大阪弁の歌声の対照もこの「正しさ」を補強する。

だが、末摘花は信じて、夢を見続けた。叔母にも、宰相(世話役・お目付け役)にも、侍従(乳母の娘で末摘花の幼馴染)にも呆れ捨てられ、朽ちた屋敷に色褪せた衣(きぬ)を着て、年老いた少将(乳母)とただ2人きりになった愚か極まりないその姿に、筆者は合理性を超えたなにか尊いものが宿っているように見えた。本作のハッピーエンドのように信じるもの、夢見るものは救われる、のではなく、たとえ救われなくとも、信じ続け、夢見続けることに殉じた時、なにか――合理的に見ればいささか危険ですらある――なにかがある、もしくはなにかが生まれる、のかもしれない、と。

終幕間際、「もし、夢が夢のままでいつ迄もあったら、うちもばあやも、どないなるのやろねえ……」(*)と末摘花は歌う。いつか現実になるから夢が大切なのではなく、夢は夢のままでも大切で、もしかすると夢が夢のままの方がその輝きが失せることはないのではなかろうか……。

音楽的には、ピアノの名手でもある寺嶋陸也の透明な音楽が作品のテーマと見事に合致し、末摘花(高岡由季)の澄んだアリアをはじめ、高音でのレチタティーヴォが素晴らしかった。また、反対に、現実主義者たる叔母(山本伸子)、宰相(花島春枝)の堂々たる、というより騒々しい歌声と歌ならぬ声や振付のたくましさも劇中にユーモアを振りまいてくれたし、侍従(小林ゆず子)の若々しく元気な声もまたこんにゃく座らしい生命力を感じさせてくれた。

(*)榊原政常の原作より引用(『現代日本戯曲大系2』三一書房、1971年、138頁)。

(2020/10/15)


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<staff>
Original text:Masatsune Sakakibara
Composer:Rikuya Terashima
Director:Satoshi Oishi

Art director:Itaru Sugiyama
Costume design:Nobuko Miyamoto
Lighting:Naruse Kazuhiro
Choreography:Kumotaro Mukai
Stage director:Seiichi Yagi
Assistant stage director:Ishibashi Yuki
Music director:Kyoko Hagi

<player&performers>
Piano:Rikuya Terashima
Princess(末摘花):Yuki Takaoka
侍従:Yuzuko Kobayashi
少将:Mayumi Okahara
宰相:Harue Hanashima
叔母:Nobuko Yamamoto
右近:Tomo Ishikubo
左近:Miki Arai