Menu

藤田真央 ピアノ・リサイタル |谷口昭弘

藤田真央 ピアノ・リサイタル
Mao Fujita Piano Recital

2020年9月17日 東京オペラシティコンサートホール
2020/9/17 Tokyo Opera City Concert Hall)
Reviewed by 谷口昭弘 (Akihiro Taniguchi)
Photos by ヒダキトモコ/写真提供:ジャパン・アーツ

<演奏>        →foreign language
藤田真央(ピアノ)
<曲目>
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第13番 《幻想曲風ソナタ》変ホ長調 Op. 27-1
チャイコフスキー:ロマンス ヘ短調 Op. 5
チャイコフスキー:ドゥムカ
(休憩)
ショパン:幻想曲ヘ短調 Op. 49
ショパン:ポロネーズ第7番 変イ長調《幻想》Op. 61
シューベルト:《さすらい人幻想曲》ハ長調 Op. 15、D.760
<アンコール>
ショパン:ワルツ第7番 Op. 64-2
リスト:《愛の夢》第3番
藤田真央によるパガニーニ変奏曲

 

ステージ上の一台のピアノの存在を越えて、独自の世界観を作り出す音楽家を堪能した。
ベートーヴェンの《幻想曲風ソナタ》は、旋律と伴奏をバランス良く奏で、ほんのりと暖かみを増していく。思いついた楽想を忘れないうちに音符に書き留めたかのような耳の思考の軌跡と、そのほとばしりを手綱を引いてしっかり構築する理知的な営みとが直感的・即発的に展開する。軽妙なフーガを経て、幸せな音の戯れと構造美の間を行きつ戻りつ、才気溢れるベートーヴェンを藤田は自由自在に操っていた。
2曲のチャイコフスキーのうち《ロマンス》は複数の音色による楽隊の音楽を鍵盤によって表出させる。にじみ出る民俗的味わいが洗練された器の中に盛り込まれる。
《ドゥムカ》の方はといえば、途絶えそうな旋律線から緊張感が生まれ、止めどなく楽想が流れ出る。先が読めない展開なのに、感ずるこの安心感は何だろう。中低音の深みある悩みの歌から嘆きのフィニッシュへ。刺さる音も時折り聴かれる思い切りの良さに藤田の音楽の強さを聴いた。
音が俄然立ってくるアルカンは、あっけらかんとしたタッチで鍵盤上を暴れまわるディアボリックな世界。大げさで過剰な音のジェスチュアが面白い。切り返しの見事さ、切れの良さ、テンポの揺れによって、ホールはピアノから繰り出される興奮に巻き込まれていった。

リサイタル後半は、奏でる音のニュアンスを丁寧に聴きながら慎重さと大胆さを兼ね備えるショパンの幻想曲から。やさしく混ざり合う音の中に輝く粒が現れる。内声部の歌を丁寧につなげていき、音楽の膨らみを大切にし、聴き手を導く。
《幻想ポロネーズ》にしても、驚かせたりセンセーショナルなものにしようとはせず、聴き手が目の前の音と共に歩むことを促す。拍節が曖昧になる箇所もあるのだが、次々と現れる音には密接な流れがあり、論理的でさえある。華やかなピアニズムにしても、それ自体が目的ではなく、作品全体の構成の中で「かくあるべし」と語られる。さまざまに独立した楽想が連ねられているようでいて、しかしじっくりと耳を傾けると、藤田が完成した心理劇にすっかりさらわれてしまっている。
洗練された《さすらい人幻想曲》は、各楽章にコントラストを求めるのではなく、いかに一体化されたナラティヴをつくり上げるかを重要視した解釈のように感じられた。随所にあっと思う間(ま)やルバートはあるのだから、流れだけを重視したものではないことは確かだ。しか端正なリズムの中の力強さ、ほろ苦い叙情性などを含め、その隙のない展開には「有機的」という言葉が最終的に思い浮かぶようになった。

アンコールは、沈黙と思索の間で悩ましげに歌うショパンのワルツ、音楽全体に色彩を添える伴奏と旋律とをしっかりと描き分けつつ臨場感溢れるリストの《愛の夢》第3番、ジャジーなベースラインもエキサイティングな《パガニーニ変奏曲》と、コロナ禍の不安の中でホールを埋めた聴衆に生演奏の醍醐味と音楽の楽しさを伝えるものであった。

(2020/10/15)

 

—————————————
<Performer>
Mao Fujita, piano.

<Program>
Beethoven: Piano Sonata No. 13 “Sonata quasi una fantasia” in E-flat Major, Op. 27-1
Tchaikovsky: Romance in F Minor, Op. 5
Tchaikovsky: Dumka in C Minor, Op. 59
Alkan: “Aesop’s Feast” in E Minor from 12 Etudes in All the Minor Keys, Op. 39-12
(Intermission)
Chopin: Fantasie in F Minor, Op. 49
Chopin: Polonaise No. 7 “Fantasie” in A-flat Major, Op. 61
Schubert: Wandererfantasie in C Major, Op. 15, D. 760
Encore
Chopin: Waltz No. 7, Op. 64-2
Liszt: Liebesträume No. 3
Paganini Variations by Mao Fujita