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New Message from 明日館 様々な笛の音で綴るヨーロッパ諸国巡り|大河内文恵

New Message from 明日館 様々な笛の音で綴るヨーロッパ諸国巡り
New Message from Myonichikan, Tour of European Countries by various Flutes’ Sound

2020年6月25日 自由学園明日館講堂
2020/6/25 Jiyugakuen Myonichikan auditorium
Reviewed by 大河内文恵(Fumie Okouchi)

<演奏>        →foreign language
国枝俊太郎(リコーダー、フレンチ・フラジオレット、フラウトトラヴェルソ)
岡田龍之介(チェンバロ)

<曲目および使用楽器>
G.F.ヘンデル:ソナタ 変ロ長調 HWV 377
  アルト・リコーダー: K. Kinoshita after Th Stanesby Sr
J-D. ブラウン:無伴奏曲集から Inventione / Capricio
  アルト・リコーダー:K. Kinoshita after Ch. Bizey(386hz)
P.de. ラヴィーニュ:ソナタ ハ長調 op. 2-1「ラ・ボサン」
  フレンチ・フラジオレット(in G):H. Gohin

~休憩~

J.J. フローベルガー:組曲第19番 ハ短調 FbWV 619
M. ランベール(M. ブラヴェ編曲):ブリュネットとドゥーブル「ある日ぼくのクロリスは」
  フルート・ダモーレ:K. Kinoshita after Th. Lot

~休憩~

C.F. アーベル:ソナタ ホ短調 op. 6-3 (WK 125)
  フラウト・トラヴェルソ:? (late 18c.)
C.Ph.E. バッハ:ソナタ ト長調 Wq. 127
  フラウト・トラヴェルソ:J.A. Crone

~アンコール~

J.S. バッハ(?):フルートソナタ BMV 1031より第2楽章「シチリアーノ」

 

どれだけこの日を待ち望んだことだろう。

コロナ禍によってコンサートにまったく行くことができなくなった日々。世界中から演奏会やオペラを含むさまざまなイベントが消えてしまった4か月間は、かつて経験したことのない音楽欠乏症をもたらした。

自由学園明日館講堂 (C)山田晴通 – wikipediaより

コンサートの開始に先立ち、このシリーズの主催者である梅岡氏から、挨拶があった。厳しい制限付きながら、ようやく演奏会ができる見通しが見えてきたとき、真っ先にこの会場が思い浮かんだそうだ。この講堂は、舞台以外の三方をぐるりと大きな窓で囲まれ、それらを開ければ換気が容易で、通常のホールに比べると気密性が低い。最初にやるならここだ!と日程を押さえ、演奏家たちに声をかけ、実現にこぎつけたという。

その第1回が本日。完全予約制で自由席ではあるが、離れて座るようにあらかじめプログラムが間隔をあけて置かれていた。演奏者が入ってくると、キャパシティの半分しか入っていないガラガラの客席にもかかわらず、大きな拍手が沸く。

この演奏会は5月12日に鶴見区文化センターでおこなわれる予定で延期になった、「笛の旅」シリーズの第3回のプログラムから、作曲家のラインナップはそのままにいくつかの曲を差し替える形で構成されていると思われ、すべての曲が異なる楽器で演奏されることに特徴がある。

まずはヘンデルのソナタから。演奏が始まってすぐ、あぁ、生の音ってこうだったと思い出した。たった4か月聴いていなかっただけなのに、生音の感覚をすっかり失っていたことにも、一瞬にしてその感覚が戻ってきたことにも驚いた。もう目の前で演奏が聴けるだけで胸がいっぱいなのだが、とくに3楽章がヘンデルらしさ全開で、器楽のアンサンブルではなくオペラを聞いているような愉しさがあった。

リコーダーソロの2曲目をへて、3曲目はもう第1部の終わり。今回は演奏時間正味1時間ほどのプログラムの中に換気のために2回の休憩をはさむため、第1部は3曲のみ。「エンジンをかける暇がなかった」と国枝が語ったように、ここまであっという間。

ラヴィーニュの演奏に使用されたフラジオレットは、どこまで小さくできるか限界に挑戦した楽器と国枝が語った通り、高い音色が魅力的。とはいえ、第3楽章では、フラジオレット以上にチェンバロが大活躍だった。タンブーランと題されたこの楽章の舞曲風のリズムを、打楽器で演奏しているかのように岡田のチェンバロがリズムを刻むと、それに乗って、軽やかに国枝のフラジオレットが奏でていく。さながら小さなアンサンブルを聴いているかのような充実感。終わった瞬間に湧きあがった拍手のすごさに驚いた。会場じゅうの人が同じリズムにのって聴いていた証である。この一体感はオンラインでは味わえない。

第1部の途中、開いている窓から傍を通る自動車の音が丸聞こえになったときがあった。その瞬間、筆者には以前経験した夏期音楽祭での光景が蘇ってきた。高原で開催される音楽祭では冷房はかけずに窓を開けてレッスンやコンサートがおこなわれるため、鳥の声や自動車の音が入ってくるのは珍しいことではなかった。もちろん、音楽に集中したい人には余計な音だが、そういった環境音も含めた音楽というのも「新しい形」の1つなのかもしれないとふと思った。

第2部はチェンバロのソロから。今回使用されたチェンバロは、岡田によると、初期フランスの楽器で、フランスのチェンバロと言ったときに真っ先に思い浮かべる後期フランスの楽器と異なり、イタリアの楽器に近い。音の減衰が早いのが特徴で、その長所はフローベルガーのこの曲に存分にいかされていた。とくに最後のサラバンドは、音の進行が読めず、フェイントだらけで、和声があちこちに飛んでいく。響きの持続する楽器だったら濁ってしまって聞けたものではないのだろうが、そこは岡田の計算が効いており、ともすれば難解に聞こえてしまいそうな曲なのに、淡々としつつも旋律や和声の動きの面白さが充分伝わってくるところ、さすがである。

第2部最後は、ブラヴェの編曲集から。この曲に使われたのは普通よりも長いサイズをもつフルート・ダモーレという楽器で、これが尺八かと思うほど、音程を形成する音以外の音、すなわち、息の音、楽器の音が聞こえてくるのだ。ざらりとした音色に耳を傾けていると、音楽というのは耳だけで聞くものではなく、全身で聴いているのだなとしみじみ感じた。(後日のこの演奏がアップされたが、果たして音程以外の音は会場のほどには聞こえなかった。生ならではのお楽しみだったようだ)

第3部はフラウト・トラヴェルソを使っての2曲。本気の演奏がようやくここで聴けた。C.P.E.バッハのソナタは、一見素直な曲のように見せかけて、さりげなく不協和音を挿んでくるエマヌエルらしさを、フルートに近い音色の楽器で嫌味なく聴かせる。

アンコールは「シチリアーノ」。この部分のみ録画が許され、「拡散してください」とのこと。耳馴染みの曲ではあるが、メロディーの1つ1つ、和音の響き1つ1つが心に沁みる。通常の演奏会よりも、曲数をしぼり正味の演奏時間も短かったはずだが、充実した満足感とほっこり温かい心をもって帰ることができた。

(2020/7/15)

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<performers>
Recorder, French flageolet, Flauto traverso: Shuntaro KUNIEDA
Cembalo: Ryunosuke OKADA

<program>
George Frideric Handel: Sonata in B-Flat Major, HWV 377
Jean Daniel Braun: Inventione / Capricio
Philbert Delavigne: Sonata in C Major, Op. 2, No. 1, “La Baussan”
–intermission–
Johann Jacob Froberger: Suite No. 19 in C Minor, FbWV 6
Michel Lambert (arr. Michel Blavet): Brunette et Double “L’autre jour ma Cloris”
–intermission–
Carl Friedrich Abel: Sonata in E Minor, Op. 6, No. 3
Carl Philipp Emanuel Bach: Sonata in G Major, Wq. 127, H. 554
–Encore—
Johann Sebastian Bach(?): Sonata BWV1031 2nd mov