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アップデイトダンス No.69 勅使川原三郎・佐東利穂子『トリスタンとイゾルデ』|藤原聡

アップデイトダンス No.69 勅使川原三郎・佐東利穂子『トリスタンとイゾルデ』
Up Date Dance No.69 Saburo Teshigawara and Rihoko Sato “TRISTAN and ISOLDE”

2020年3月25日(水) カラス・アパラタス/B2ホール
2020/3/25 KARAS APPARATUS/B2Hall

Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
写真提供:KARAS

出演:佐東利穂子 勅使川原三郎
Dancer: Saburo Teshigawara, Rihoko Sato
演出・照明:勅使川原三郎
Director, Lighting: Saburo Teshigawara

 

2016年の6月にカラス・アパラタスにて初演、そして早くも翌2017年4月にシアターΧで再演された佐東利穂子と勅使川原三郎の『トリスタンとイゾルデ』がこの3月、3年ぶりに三たび上演の運びとなった。筆者は最初の2回の公演には接していないが、佐東と勅使川原は「アップデイト・ダンス」と銘打って極めて短い周期で多様な新作及び再演作を拠点地たるカラス・アパラタスで上演しており、これは同じ演目でもそれぞれの日々の感興や発見がダンスにフィードバックされ、上演の都度新たに生まれ変わる、という意味での「アップデイト」なのだろう。それゆえ、前回上演から3年が経過している『トリスタン~』であればなおのことかなりの変化が見て取れるだろうし、それをあれこれ比較する楽しみもまたあるだろう。だが今回初体験の筆者にそれは叶わぬことゆえ、比較など野暮、その今回の「アップデイト」ぶりを虚心に受け止めよう、と強がっておく。

暗闇。最初に勅使川原と佐東が距離を開けつつ交互に落とされるライティングのもとに照らし出されるシーンでは、明らかに2人の別の存在と人格が個別に対比されて、これは元のオペラと正確に対応している。しかし、その所作は苦悩と何かを希求するような動きに満ち、この段階では邂逅していない2人にこれから降りかかる悦楽と苦悩を予期していよう。

その後も2人は一見互いに距離をおきつつそれぞれが異なる独自のダンスを踊り、決して同期しないが、それでいて部分的には互いが共振するかのような振り付けがあり、この微妙さと繊細さがなんとも素晴らしい。

元のオペラでは第1幕のラスト、トリスタンとイゾルデが媚薬を飲んでしまう辺りからダンスはにわかに激しさを増すが(手による決して触れ合わない交歓!)、これもまた官能性よりは激情に焦点があてられているよう。いや、あからさまな接触がないからこそそこに距離感が導入され、それが逆に官能性を増すとも言えるのか。

そして第2幕の愛のシーンでは後半の盛り上がりからトリスタンが決闘で負傷するまでの圧倒的な展開。そのまま第3幕に突入の際の勅使川原の後ろ向きの死に体の「ダンスの臨界たるダンス」、そして愛の死に至る前、トリスタンの死を表しているのか、コートを脱いで畳みステージを去ったのちそれをまとって踊る佐東はいささか狂気じみている。これはまさに圧巻で1度目にしたら忘れられまい。ラストの愛の死もまた、単に陶酔的なダンスではなく毅然とした意思を持ち従容として死に赴く、とでも言うようなイメージを喚起される。音楽的に言えばなめらかなレガートではなくスタッカートなダンス、ある意味でクールネスがある。いよいよ最後の最後、佐東が横臥して手を伸ばしたところでステージは暗転するが、その手の背後にはランプが灯る。再び照明がついたのち、そのランプは立ち上がった佐東=イゾルデが手を伸ばしたところでまた灯る。余韻嫋々たる幕切れという他ない。

個別の2人の同期=合一の陶酔――しかしそのダンスは触れ合わないがゆえに真の陶酔に至ることはなく、それゆえより狂おしい希求に満ちる――、そして死による別離(これは一体化と同義)。こう云う流れを意識しながら観ることとなったのだが、ここで思い出したのが中沢新一の『虹の理論』に書かれていた同化。朝と昼の世界の2人の分離は夜の闇で半音階的かつ流動的に同化し、トリスタンとイゾルデは溶解する。トリスタンはイゾルデ、イゾルデはトリスタン。「と」から「は」への移行。この『トリスタンとイゾルデ』の本質が二人の繊細かつ考え抜かれたダンスでこの上なく見事な表現として結実していたように思う。素晴らしいダンスを見せてもらった。そう言えば、アフタートークで佐東は自らのダンスについて「自分と世界が溶解して一緒になる」という意味のことを述べていたが、これはこの『トリスタンとイゾルデ』においてさらに当てはまることなのではなかろうか。

尚、この『トリスタン~』の公演はコロナウイルスがさらに拡散の度を増しつつあった3月下旬に行われた。場内換気の強化、消毒薬の設置、座席の間隔の確保(事前キャンセル者がいたことも相まってか、もともと小ぶりな場内ではあるが筆者が参加した日は20名強の観客数)、マスク持参、体調不良者の参加自粛などを主催者側が呼び掛けて細心の注意を払った中での敢行となった(ちなみに翌26日には急遽公演中止に。27日、28日には開催されたようだが)。カラスの公演では3月前半に東京芸術劇場及び愛知県芸術劇場で開催される予定であった『三つ折りの夜』も延期を余儀なくされていた中でのこの『トリスタン~』の開催、筆者は先にも記したように過去公演を観損なっていたゆえ名作と名高いこれを是非鑑賞したかったので、こういう困難の中無事開催されたことに大きな感謝を申し上げたい。

(2020/4/15)