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緊急特別企画|音楽について思いを巡らせた記録(4月5日〜6日)|谷口昭弘   

音楽について思いを巡らせた記録(4月5日〜6日)

Text by 谷口昭弘(Akihiro Taniguchi)

今回はストレスフルな文章をお届けすることになってしまい、申し訳なく感じている。でもそれも含め、いまこの時の記録として書き留めておきたい。

4月に入り、日本の新型コロナウイルス感染症の状況は刻々と深刻さを深めている。一刻の猶予もない。私がレビューを担当するはずだったコンサートがそれ以前の3月から次々と中止になっていくなか、合唱の練習をするだけで命を落としたというニュースがアメリカで、そして日本でも見られるようになった。すこし前までなら無観客の演奏会をインターネット上で配信するのであれば大丈夫と言われていたが、いまやそれも危ない。

いつの頃からか覚えてないのだが、私は少しずつインターネットでアメリカのニュースを観るようになった。日本の報道だけでは不安を覚えたからだ。最初にそれらを観始めた頃は、まだアメリカで新型コロナウイルスが話題に入り始めた時期で、その時の朝の情報番組の内容はというと「スマートフォンを片手に食事をするのは気をつけてね。そこにウィルスがあるかもしれないからね」とおしゃべりしながら、スタジオにいる男女が、その場でスマートフォンの画面を拭いてみせる仕草をしていた。しかしその後、3月も後半になると、ニューヨークをはじめとして、アメリカでパンデミックが起こる。さらに4月に入ってからの米NBCの夜の定時ニュースを観るようになると、限界を超えるほどに懸命に人の命を守ろうと奮闘する病院の医師や看護婦が泣き崩れる様子が続くようになった。観ているのが辛くて耐えられなくなった。「日本は第2のニューヨークになるのではないか」という報道まで数日前にCNNでなされ、こらからどうなるのかと、恐ろしさに苛まれてしまう。

こんな世の中になると、人が集まって音を奏でる、音楽をするという行為が本当に貴重に思えてくる。それは大人数のオペラやオーケストラであっても、ライヴハウスの演奏であっても変わらない。人が集まるところに音楽があり、社交の中に音楽があるのだ、生きた人間どうしの社会的営みの中に音楽が存在するということを改めて感ずる。音楽と社会には経済的な側面もあり、もちろんプロの音楽ジャンルが音楽産業を避けて生きることは不可能ではある。しかし、その前提として、生身の人間の交わりがある。人間の音楽作りの射程を、ぐっと家の中の、身近なものから捉え直す機会を強制的に与えられているのだろうか。

その一方、複製メディアによる音楽、例えば従来のCD、ラジオやテレビ、動画配信サイトやサブスクリプション・サービスなど、バーチャルな社会に音楽の逃げ道があったというのは、こんなこともなければ分からなかったかもしれない。「音楽は生でなければ本物ではない」といえば、「本物」の音楽には出会えない。でも生身の人と会うこと自体がリスクであるこの時代、複製音楽さえもなかったら、気が狂いそうでもある。運命共同体としての家族とともに奏でる家庭音楽は辛うじて存在できるかもしれないが、感染症のリスクに自らをさらしつつ、その共同体を超えた音楽を享受するのは、やはり怖い。ここ最近、普段は本来お金を払って観るべきものが、ボランティア的に簡単に無料で聴いたり・観られたりする。申し訳ないと思いつつ、ありがたく楽しんでいる自分もある。いずれも過去に演奏されたものであり、「普通」と思っていた音楽のあり方が画面の中で踊っているのを見て、それが、いまや浮世離れしているものに見えてしまう。

こんな中で「新しく創作される音楽」とは何だろう。例えばいま、ある民放テレビ局が生放送以外の収録をやめるという話も出始めている。そうなると、過去に収録された番組が放送されたり、やがてはスポンサーの付かない時間というのも出てくるのだろうか。その時、現実世界はどうなっているのだろう。バーチャルな世界から生まれる音楽が、その時代精神を反映するということになるのだろうか。
あとから振り返って今このときを、歴史的に振り返る機会が訪れるのだろうか。私には全く予想はできない。ただ、こんな時に、身の回りのことを考えたり、じっくり自分と向き合うこともできているのも興味深い。

この時代をどう捉えるのか、文明の転換期なのか、歴史の曲がり角なのか。私にはそういったことを考える余裕はまだない。アメリカなどは今回のことを「戦争」とまで言っている。あるいはそうなのかもしれない。ウィルスにやられてしまったら、あるいは医療現場は最前線なのだろう。しかし、「ロックダウン」して家に閉じ篭った身であれば、いまはまだ「戦争」ではない。バーチャルな世界かもしれないけれど、人とはつながれるし、音楽もある。実は最近、資料としてではあるが、アメリカやスウェーデンのショップにレコードを注文したばかりだ。もちろんこの状態が続くかどうか自信がないけれど(すでにニューヨークでは多数の方が亡くなられている)、毎日毎日の与えられた日常を噛み締めながら進んでいきたい。

なお、今回筆者が選んだ写真は、4月6日、カリフォルニアから届いたCDである。3月20日に日本のアマゾンのマーケット・プレイス経由に注文したもので、順調に届いたようだ。ただ聞くところによると、コロナウィルスの影響により、イギリスの出版社ブージー・アンド・ホークスは従業員の安全のために出荷を停止しているらしい。またすでに世界の多くの国々からの国際郵便物に対し、受入停止措置も取られている。今のところアメリカはこの対象になってはいないが、今後には不安が残りそうだ。

(2020/4/15)