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関西二期会第92回オペラ公演《カヴァレリア・ルスティカーナ》《パリアッチ(道化師)》|能登原由美

関西二期会第92回オペラ公演《カヴァレリア・ルスティカーナ》《パリアッチ(道化師)》
KANSAI NIKIKAI OPERA THEATER 92th Production
《Cavalleria Rusticana》《Pagliacci》

2020年2月23日 東大阪市文化創造館 Dream House 大ホール
2020/2/23 HIGASHIOSAKA Cultural Creation Hall
Reviewed by 能登原由美(Yumi Notohara)
Photos by 早川壽雄/写真提供:公益社団法人 関西二期会

指揮/グイード・マリア・グイーダ
演出/パオロ・パニッツァ

合唱指揮/袖岡浩平
振付/佐々木大

合唱/関西二期会合唱団
子供合唱/メイシアター少年少女合唱団
神戸少年少女合唱団

管弦楽/大阪交響楽団

《カヴァレリア・ルスティカーナ》
全1幕 イタリア語上演・日本語字幕付
作曲/ピエトロ・マスカーニ

〈キャスト〉
サントゥッツァ/福原寿美枝
トゥリッドゥ/瀬田雅巳
ルチア/名島嘉津栄
アルフィオ/片桐直樹
ローラ/田村香絵子

《パリアッチ(道化師)》
全2幕 イタリア語上演・日本語字幕付
作曲/ルッジェーロ・レオンカヴァッロ

〈キャスト〉
カニオ/小餅谷哲男
ネッダ/森井美貴
トニオ/東平聞
ペッペ/西口佳宏
シルヴィオ/山咲響

 

関西では新しいホールのオープンが相次ぐ。同時に、それらをオペラの拠点にしようという動きもあり、開館記念としてオペラ公演を開催するところも多い。昨年堺市に誕生した「フェニーチェ堺」では、1月に堺シティ・オペラの『アイーダ』を上演。一方、2019年9月にオープンしたこの東大阪市文化創造館では、関西二期会がマスカーニの《カヴァレリア・ルスティカーナ》とレオンカヴァッロの《パリアッチ(道化師)》を取り上げた。

人気のヴェリズモ・オペラ2本立てによるとはいえ、これらはいずれも殺人で幕を閉じる。確かに、筋立てのわかりやすさや簡潔な内容、またお馴染みの人気ナンバーも含まれ、オペラをあまり知らない人にとっても接しやすい演目であることは間違いない。が、『アイーダ』のような絢爛豪華な舞台とは決して言えず、オープン記念事業としてこうした演目がふさわしいのかどうか、多少疑問ではあった。

けれども、上演を見てそうした懸念は払拭された。「演出ノート」によれば、演出と舞台美術のデザインを手がけたパオロ・パニッツァは、2作を一連の世界として描くのではなく、全く別物として捉えたという。いずれも、台本に沿った演出で、19世紀初頭の貧しい下層社会の現実を照らし出すが、それぞれの作品の内部が丁寧に彫り込まれることで、裏切りや嫉妬、復讐といった表面的な出来事にとどまらない本質的要素が露わになった。もちろん、それには演奏による後押しも大きい。

宗教や道徳観など、保守的な価値観が根強く残るシチリアの貧しい村での、復活祭の日の出来事を語る《カヴァレリア》。舞台の上には小さな教会の入り口が設置されている。教会にやってくる人々により、広場中央に巨大な十字架が掲げられるが、復活を祝う瞬間に白く輝いたそれは、終盤では赤く変化。「死」によって報いを受けるトゥリッドゥの罪を象徴する一方で、サントゥッツァが犯したと思われるトゥリッドゥとの「婚前交渉」という罪―古い価値観に支配された村社会ならでの罪意識―の内容そのものを暗示させたとも考えられる。つまり、全体を流れるテーマの一つ、「罪と罰」の要素は明確に示されており、その結果、単なる男女のもつれや復讐劇に終わらない、因習に絡め取られ閉塞する社会の空気をも暗示させていたと言えよう。

福原寿美枝の演じるサントゥッツァは、裏切った恋人トゥリッドゥへの怒りとその相手である人妻ローラへの嫉妬で心を激しく乱す。福原は冒頭から歌と叫喚の狭間を徹底して攻め続け、半ば狂乱状態に陥ったサントゥッツァの心情を歌いきった。他の歌手も健闘していたが、圧倒的な歌唱と演技で福原の独壇場となった。そもそも200年前の倫理観を共有すること自体が難しいが、彼女の演技が「裏切られた悲劇のヒロイン」としてのサントゥッツァに一層の共感を誘うことになったのではないだろうか。

一方の《パリアッチ》。こちらも裏切りと復讐が重要なモチーフではあるが、それ自体が登場人物たちの演じる「劇中劇」の要素に重ねられているところに醍醐味がある。つまり、妻ネッダの不貞を知った旅回りの一座の長、カニオが、芝居の中で妻に裏切られた「道化師」を演じるうちに、実際に自分の身に降りかかった出来事と劇の見境がつかなくなっていくというものだ。それにより、現実と虚構の揺れ、舞台の内側と外側の境界の曖昧さが露わになっていく。

今回の公演では、この「舞台の内と外の曖昧さ」に光が当てられ、かつ見事に浮かび上がっていたと言える。ただし、パニッツァ自身も述べるように、演出や舞台美術に特段の斬新さがあったというわけでは決してない。あくまで筋の流れを追ったものではあるが、この主題を丁寧に描き出すべく細かな創意工夫が施されていた。

例えば、先の《カヴァレリア》で教会前の広場に置かれていた大きな丸い台座は、ここでは劇中劇が展開される仮設舞台に変化。だが、高さがほとんどないためその周りを取り囲む客たちとの境目はほとんどない。実際、カニオとネッダの演技が現実のそれと重なり始めると、彼らは台座の外になだれ込みながら、劇=現実の双方を行き来する。

だが、最も象徴的なのは「鏡」であろう。それは、最初の《カヴァレリア》にあった教会の扉が転用されたもので、ここでは、役者たちの化粧台に備え付けられた全身鏡に転じていた。が、それは同時に、舞台上の観客だけではなく我々、すなわち現実の観客からも見えない部分を映し出す構造になっていた。目には見えない役者たちの苦悩や憂いを映し出すわけだが、その「目」とは舞台上の観客の「目」であると同時に我々の「目」でもあるのだ。こうして、舞台上の観客と我々観客とが同じ地平に置かれることで、文字通り、舞台と客席との境が取り払われることになったのである。

もちろん、音楽が果たした役割も看過できない。

実は、カニオの小餅谷哲男は、上演に先立って不調であることが告げられた。確かに、大きなミスはなく最後まで歌いきったとはいえ、声に好調時のようなハリがなく、高音部などの伸びは今一つであった。一番の見せ所である〈衣裳をつけろ〉のアリアなど、本調子でないことは明らかで、舞台と客席全体には異様な緊張感が漲っていた。最終盤ともなると、我々観客の視線は、舞台上のカニオと、不安定ながらも渾身の力でカニオを演じる小餅谷の間を行き来することになる。それは図らずも、芝居と現実を行き来するカニオに重なることになったのである。偶然的な要素が思わぬ効果をもたらしたわけだが、同じものは2度と生み出せない、舞台芸術ならではの面白さでもあると言えよう。

一方、ネッダの森井美貴は、美声ではあるが中音域の響きが今一つで、そのために感情の微妙な変化がこちらに届いてこないのが残念であった。だが総じて演技が素晴らしい。ネッダという人物の性格を巧みに表現するとともに、場面ごとに悲喜劇の要素をうまく捉えていた。また、トニオの東平聞も多様な役柄の実績があるというだけあって、美しく豊かな声と安定感、演技力で魅了した。

さて、グイード・マリア・グイーダのタクトによる管弦楽(大阪交響楽団)は、ダイナミクスやフレーズの縁取りを明確に出し、表情豊かな歌を作る。けれども、幾分流し気味で休符などの「間」をうまく生かし切れず、《カヴァレリア》では劇的な緊張感が今ひとつ足りなかった。一方、《パリアッチ》では、華やかな祭りの雰囲気をうまく作り上げ、かつ、劇的展開に大きな役割を果たしていた。

(2020/3/15)

〈cast〉
Conductor:Guido Maria Guida
Stage Director:Paolo Panizza

Orchestra:Osaka Symphony Orchestra
Chorus:Kansai Nikikai Choir

Chorus Master:Kohei Sodeoka

◆Cavalleria Rusticana
Santuzza:Sumie Fukuhara
Turiddu:Masami Seta
Lucia:Katsue Najima
Alfio:Naoki Katagiri
Lola:Kaeko Tamura

◆Pagliacci
Canio:Tetsuo Komochiya
Nedda:Miki Morii
Tonio:Toshihiro Azuma
Peppe:Yoshihiro Nishiguchi
Silvio:Kyo Yamazaki