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ベルリン-東京 実験音楽ミーティング ビリアナ・ヴチコヴァ ヴァイオリンリサイタル|齋藤俊夫

ベルリン-東京 実験音楽ミーティング ビリアナ・ヴチコヴァ ヴァイオリンリサイタル
Berlin Tokyo Experimental Music Meeting BilianaVoutchkova violin Recital

2019年11月1日 ゲーテ・インスティトゥート東京 ホール
2019/11/1 Goethe Institut Tokyo Hall
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)

<演奏>        →foreign language
ヴァイオリン:ビリアナ・ヴチコヴァ
エレクトロニクス:足立智美、鈴木治行

企画監修:鈴木治行、福井とも子
ベルリン-東京 実験音楽ミーティングディレクター:足立智美

<曲目>
マーリン・ボン:『12月の破片』(日本初演)
ジェームズ・ディロン『4番目の要素』
レベッカ・サンダース:『息吹』(日本初演)
鈴木治行:『Perception V』(世界初演)
リザ・リム:『蘇頌の星図』(日本初演)
ペーター・アブリンガー:『ヴェロニカ』(日本初演)
松平頼曉:『Accumulation』
足立智美『甘い16才・日本』ビリアナ・ヴチコヴァのための(日本初演)

 

本演奏会の前日、「ベルリン-東京 実験音楽ミーティング」の「即興コンサート1」で、ビリアナ・ヴチコヴァと、坂田明(サックス、鈴など)、マゼン・ケルバージ(トランペット)、マティアス・バウアー(コントラバス)、による集団即興を聴いた(*)。ホワイエの広い空間で、演奏者と聴衆が自由に回遊しつつ、静寂の中に騒音と楽音の垣根を取り払った〈あらゆる音〉に耳をそばだてるそれは自分の頭の中に居座っていた常識や既成概念を打ち崩し取り払う素晴らしい音楽体験であった。

では、本演奏会、すなわち、〈作曲家によって作曲された作品〉をヴチコヴァが演奏する会はどのようなものであったか。作曲といっても、従来のように五線譜に定量記譜したものだけでなく、グラフや図形や不確定的な部分や、さらには〈映像〉までも使っての作曲であるが、それを読解、解釈を経て演奏(実現)する音楽はどのようなものであったか。

まずは昨年来日したCurious Chamber Playersの一員、マーリン・ボンによる『12月の破片』。プログラムノートには色々とコンセプトが書かれており、図形楽譜を用いていることはわかった。ヴァイオリンを弾くのではなく、まずいきなりヴァイオリンに息を吹き込んで「rrrrrrrr!」と叫んだのに驚かされた。その後も口で歌いながら弾く、弦を縦に擦る、丸く擦る、「sh———」「li—li—li—」「fff—-fff—-」などの声を発し、重音でのアルペジオで終わったのだが、本作は正直わからなかった。わからなかった、というのは、コンセプトなど詳しく述べられても、聴いてその面白さがわからなかったということである。

ジェームズ・ディロン『4番目の要素』は形式感覚、旋法性、音楽的要素の変形・拡大・反復などの変奏・マニエラにバロックからの西洋の伝統を強く感じさせ、それゆえに多国籍・無国籍化する以前の〈ヨーロッパの土の香り〉をさせる始まりであった。が、次第に音楽の流れが歪み、渦を巻き、堰き止められ、最終的にはヨーロッパ・バロックとは全く異なる異世界の〈音響〉となって終わる。史的・文化論的意味すら読み解きたくなるような少々恐ろしい作品であった。

レベッカ・サンダース『Hauch』(Hauchとはドイツ語で「わずかな」「息、微光(雅語)」などを表す)は、弦を文字通り〈擦る〉その〈弦と粒子のザラつき〉までが聴こえる動きの少ない超弱音が美しい。通常美しいとされる音色とは異なる1音1音がなんと繊細なニュアンスを獲得していることか。都会の夜では味わえない、真暗闇の中の微光の美しさを感じさせた。

鈴木治行『Perception V』、エレクトロニクスでサイン波と金属的なシャリシャリした音、おそらく蛙の鳴き声や雨のような音が混じったものが最初から最後まで流れる。これが、始めのうちはランダムのように聴こえるが、慣れてくるとランダムではなく何らかの構造を持って構築されているように聴こえてきて、でもその構造は最後までつかめない、という、体験するとわかるが、言葉にするのが極めて難しい鈴木ならではの音(楽)なのだ。そこにヴチコヴァのヴァイオリンが、エレクトロニクスを模倣しているようで、関係ないようで、最後までその関係のあり方がわからない、という、先述の通りのこれまた鈴木ならではの音(楽)を重ねる。それにより聴覚と現在と頭脳の記憶が超絶的な迷路に迷い込む。完全即興では絶対に味わえない、凄まじい計算と常人離れした感性のみが可能にする作品であった。

リザ・リム『蘇頌の星図』は微分音と思しき音程と、枯れ錆びた音色による、架空の民俗音楽のような作品。絵巻物的な構造で、じっくりと音楽世界に浸ることができた。だが、枯れ錆びた音色をどうやって出しているのか、ジプシーヴァイオリンとは全く違い、ハーモニクスの一種か、あるいはサブ・ハーモニクスという技術か、とにかく不思議なヴチコヴァの妙技であった。

ペーター・アブリンガー『ヴェロニカ』は音楽的なマレーヴィチの「シュプレマティズム(絶対主義)」と作曲者は述べており、先に述べてしまうと、確かに彼の『黒の正方形』に近いと筆者は感じた。では音としてどういうものであったかというと、〈電子音によるホワイトノイズ〉〈ヴァイオリンの単音ロングトーン〉〈無音〉のほぼ3つだけの要素(細かく言うとホワイトノイズには3段階あったと聴こえた)が重なるか、重ならないか、それだけを聴く。ちなみにこの3つの要素はかなり長い音である。つまり、「白」の地に「黒」で「正方形」を描くだけ、のように、要素を極限まで単純化したものだと言える。……といったように色々書けるものの、面白かったかというと、全く面白さをかんじられなかったと正直に書くしかない。

松平頼暁『Accumulation』はヴァイオリンの演奏を会場で同時録音し、ヴァイオリンが演奏を続けたまま30秒遅れでその録音を再生し、さらに同様に演奏したまま同時録音して30秒後に再生し、以下反復……という極めて単純明快なアイディアによる(完全同音型反復ではなく、録音のリング変調も施されるが)ものだが、これが物凄い。会場の音がどんどん重なっていき、〈どの音が「今の音」なのか〉が全くわからなくなる。エレクトロニクスも最初から最後まで全部重ねるわけではなく次第に(おそらく始めの方から順次)再生されなくなるが、〈現在はどこにいった?〉と音の渦の中で錯乱せざるを得ない、稀有な音楽体験であった。

最後を飾ったのは足立智美『甘い16才・日本 ビリアナ・ヴチコヴァのための』。ヴチコヴァが16才時出演した、日本のヨーグルトのTVコマーシャル(そこではビリアナ・バチコバとされていた)についての昔話を日本語で語る。そしてそこで演奏したパガニーニのラ・カンパネッラを弾き、当のTVコマーシャル映像が流される。またヴチコヴァが、今度は「彼女と同い年の作曲家」の昔話、彼が16才時、コマーシャルを見て彼女に一目惚れをし、その「24年後、ベルリンで」ヴチコヴァと出会い、「自分は運命を追っていた」ということを知る、と物語った。
その後晴れて「その作曲家」がヴチコヴァのために書いた作品(ということで舞台上では進行する)が演奏される。それは、コマーシャル映像を流して、ヴチコヴァがそれを見ながら、映像で流れる音と同じ音を同時に弾く、というルールに則ったもののようであった。
映像は痙攣的に反復に反復を、シャッフルにシャッフルを重ね、スピードも変えられて、ヴチコヴァが追いつけなくなり思わずわめきだした。と思ったら、映像をスローモーションにして、音高もそれに合わせて低くなり、「ぶーるーがーりーあーよーぐーるーとーのーほーこーりーにーかーけーてー」云々にヴチコヴァもヴァイオリンと声を合わせ、最後の企業ロゴの「ポッコッピッポッピ」という音がオチ、というなんともはや、よくこんな奇天烈なものを考えて作曲・実現してくれたという奇想の極みの作品。だが、ただのウケ狙いのように見せて、笑いにくるんだ新鮮な驚きを提示してくれた足立の奇才には感服せざるを得ない。

今回の作品群のような奇想を好む筆者は、友人にクセナキス『ペルセポリス』を聴かせて「オーディオ壊れてないか?」と言われたり、今年9月の川島素晴個展評を読んだ感想として「あれは音楽なのか?」と尋ねられたりしているが、「それをきっかけに人間と世界の見方が広がるのならば、それは私にとっては音楽なのだ」と回答したい。人間も世界も無限の広がりを持つからこそ、我々は未来を志すことができ、その世界が広がる体験を得られるものが音楽ではなかろうか。

(*)この日の演奏家は他に、足立智美(声)、ウテ・ヴァッサーマン(声)イグナツ・シック(ターンテーブル、エレクトロニクス)もいたが、この集団即興には加わらなかった。

(2019/12/15)

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<players, staff>
violin: Biliana Voutchkova
Electronics: Tomomi Adachi, Haruyuki Suzuki

supervisor: Haruyuki Suzuki, Tomoko Fukui
director: Tomomi Adachi

<pieces>
Malin Bång: December Splinter (Japan premiere)
James Dillon: El Cuarto Elemento
Rebecca Saunders: Hauch (Japan premiere)
Haruyuki Suzuki: Perception V (World premiere)
Liza Lim: The Su Song Star Map (Japan premiere)
Peter Ablinger: Veronica for Violin and Noise (Japan premiere)
Yoriaki Matsudaira: Accumulation
Tomomi Adachi: Sweet 16 Japan for Biliana Voutchkova (Japan premiere)