小野寺拓真ピアノ・リサイタル&アレクセイ・リュビモフピアノ・リサイタル|松本大輔

小野寺拓真ピアノ・リサイタル&アレクセイ・リュビモフピアノ・リサイタル
Reviewed by 松本大輔(Daisuke Matsumoto)

♪小野寺拓真ピアノ・リサイタル
Takuma ONODERA Piano Recital

2019年9月16日 ヤマハ名古屋ホール
2019/9/16 Yamaha Nagoya Hall
写真提供/YAMAHA

<曲目>      →foreign language
ショパン:夜想曲 第5番 嬰ヘ長調 Op.15-2
     夜想曲 第13番 ハ短調 Op.48
     バラード 第3番 変イ長調 Op.47
ラヴェル :「夜のガスパール」 より “オンディーヌ”“スカルボ”
ラフマニノフ:練習曲集「音の絵」 第1集 Op.33 より 第2・5番
       練習曲集「音の絵」 第2集 Op.39 より 第2・6・9番
プロコフィエフ:ソナタ 第7番 変ロ長調 Op.83「 戦争ソナタ」

 

中学2年生。
てっきり床に足も着かないような子供が出てくるのかと思った。

そうしたら、痩身長躯、長い足や腕をもてあましたようなすらりとした少年が登場した。
そしていきなり鍵盤をたたきはじめると、満員のホールに詰め掛けた2倍3倍4倍生きてきた大人たちを絶句させた。

その技巧が圧倒的なのか。
いやそれもある。

しかし驚くべきはその音楽の成熟度である。

この少年はそれほどまだ長くこの世界を生きていないはずだが、その音楽で人生を語る。
音楽であらゆる人々の抱く夢を紡ぎ、あらゆる人の苦悩を描く。

彼の指が頭が腕が背中が、何かの記憶を持って生まれているのか?
すべてが真っ白で何も知っているはずないのに哲学的預言を放つ幼き聖者。

これが彼の使命なのか。

アフリカのどこかの少年は銃を持って、アメリカのどこかの少年はピストルとマリファナをもって、そして日本のこの少年はピアノをもって人生を生きている。
その道具によって人を殺し、迫害し、精神を崩壊させる代わりに、この少年はその道具で人の心を癒し、救う。

これが彼のもってうまれた使命なのか。

それにしても生まれながらにこんなふうに音楽に接することができ、音楽を解き放つことができる人が存在するのだ。

今回が彼のほとんど最初の日本でのコンサートだったという。

 

♪アレクセイ・リュビモフ ピアノ・リサイタル

2019年9月30日 名古屋/宗次ホール
2019/09/30 Nagoya Munetsugu Hall
写真提供:宗次ホール

<曲目>       →foreign language
モーツァルト:
  幻想曲ニ短調K.397
  ピアノ・ソナタ ニ長調 K.311
  ピアノ・ソナタ イ短調 K.310
  ピアノ・ソナタ ハ長調 K.545
  幻想曲ハ短調 K.396(シュタードラー補筆)
  ピアノ・ソナタ ハ短調 K.457

 

75歳。
すでにコンサートホールからの引退を表明している。

てっきりステージを歩く足どりもおぼつかないのかと思った。
そうしたら、さっそうと青年のように若々しい紳士が登場した。

そしていきなり鍵盤をたたきはじめると、あっけに取られていた多くの人たちに、はちきれんばかりの生命エネルギーを投げかけた。

その音楽は軽やかでロマンティックで完璧。
痛快無比。
どこでどういうふうにウィンクすると殿方の心が奪われるか計算しつくしている美人女優のよう。
ひとつひとつの打鍵がなんともチャーミングなのだ。
そしてほんのちょっとのテンポの揺れ、間の取り方が心憎い。

そう、まさに心奪われるようにできている。そうならないではすまされない。

これは感性で弾き飛ばしているのではない。
長年にわたる経験と類いまれなる知性で周到に練り上げられたロマンティシズム。
まるでパズルのピースを歌いながらはめこんでいるかのように、楽しげに涼しげに音を響かせ、積み重ねていく。

あえて言うならば、天国から降りてきた愛すべき職人。

どうだろう、後半最初のピアノ・ソナタ ハ長調 K.545。
自分はこのあと、今日よりも魅力的な演奏に出会える可能性はあるだろうか。

演奏後、胸に手を当ててこちらに何かの祈りを捧げた姿が、ほんのり温かかった。

帰り際、ホールのスタッフのひとたちが、今日の拍手は何か違った、と言った。
彼の音楽を受けた人々は、拍手までも変わってしまったのだ。

そんな音楽を放つことができる人が存在するのである。

今回が、おそらく彼の最後の名古屋でのコンサートになるらしい。

 (2019/10/15)

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松本大輔(Daisuke Matsumoto)
1965年、松山市生まれ。
24歳でCDショップ店員に。1998年に独立、まだ全国でも珍しかったネット通販型クラシックCDショップ「アリアCD」を春日井にて開業。
クラシック専門CDショップとしては国内最大の規模を誇る。
http://www.aria-cd.com/
「クラシックは死なない!」シリーズなど7冊の著書を刊行。
愛知大学、岡崎市シビック・センター、東京のフルトヴェングラー・センター、名古屋宗次ホール、長久手、一宮、春日井などで定期的にクラシックの講座を開講。

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♪Takuma ONODERA
Chopin: Nocturne No.5 in F sharp major, Op.15-2
     Nocturne No.13 in C minor Op.48
     Ballad No.3 in A flat major Op.47
Ravel: “Ondine” and “Scarbo” (“Gaspard de la nuit”)
Rachmaninov: Études-tableaux Op.33 No.2-5, Op.39 Nos. 2, 6, 9
Prokofiev : Sonata No.7 in B flat major, Op.83 “War Sonata”

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♪Alexei Lubimov
Mozart:
  Fantasia in D minor, K.397
  Piano Sonata in D major, K.311
  Piano Sonata in A minor K.310
  Piano Sonata in C major K.545
  Fantasia in C minor K.396
  Piano Sonata in C minor K.457