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アンドレイ・ググニン ピアノリサイタル|能登原由美

アンドレイ・ググニン ピアノリサイタル
Andrey Gugnin Piano Recital

2019年9月29日 宗次ホール
2019/9/29 Munetsugu Hall
Reviewed by 能登原由美(Yumi Notohara)
写真提供:宗次ホール

〈演奏〉        →foreign language
ピアノ|アンドレイ・ググニン

〈曲目〉
テオドール・レシェティツキ:3つの小品 Op. 48
 1.ユーモラスな前奏曲
 2.おどけた間奏曲
 3.英雄的なエチュード
モーリツ・モシュコフスキ:情熱的メロディー Op. 81-6
イグナーツ・フリードマン:3つのピアノ小品 Op. 33
 1.エチュード
 2.マズルカ
 3.ミュージック・ボックス
オシップ・ガブリロヴィッチ:左手のための練習曲 Op. 12-2
コンスタンティン・フォン・シテルンベルク:練習曲
ジョセフ・ホルブルック:ラプソディー練習曲集
 第4番「素敵なひと」Op. 42-4
 第5番「漆黒の夜」 Op. 42-5
エミール・リープリング:コンサート・ポロネーズ Op. 41
ラフマニノフ:V. R. のポルカ
〜休憩〜
ヨーゼフ・ホフマン:性格的なスケッチ集
 1.幻影
 2.むかしむかし
 3.どこでもなく
 4.万華鏡
エイブラム・チェイシンズ:前奏曲第13番
テオドール・サーントー:東洋的練習曲第3番
エミール・フォン・ザウアー:演奏会用練習曲第19番『幻影』
フェリックス・ブルーメンフェルト:左手のための練習曲 Op. 36
リスト=ブゾーニ編曲:ラ・カンパネラ
〜アンコール〜
セルゲイ・プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ第7番変ロ長調 Op. 83より第3楽章

 

「演奏」という行為がいかに創造的なものであるか。伝説的ピアニスト、ゴドフスキへ捧げられた作品を集めるこのリサイタルが何よりも示してくれた。ただし、単にそれらを「再現」しただけなら「歴史的意義」のみで終わってしまうことだろう。もちろんそれもあり得よう。が、新鋭アンドレイ・ググニンの創造性豊かな演奏が、その行為に含まれる多様な側面を照らし出すものとなったのである。

それにしても、これほど多くの献呈作がずらりと並べられると、ゴドフスキが同時代に与えた影響の大きさを思わずにはいられない。ただし、作品を献呈した作曲家の数の割には、曲調は似通っている。細かな違いはあるにしても、概して19世紀のロマンティシズム溢れる華麗なスタイルだ。

さらに、練習曲、しかも技巧的に凝ったものが多いのは、自身も難度の高い作品の創作で知られる作曲家、ゴドフスキに捧げられたものであったからに違いない。献呈作をしてその人を知るとでも言えようか。またもう一つには、これらの作品が作曲された時代を反映しているのだろう。時代は20世紀初頭のヨーロッパ。すでに当時、作曲界には至る所で新たな潮流が渦を巻き始めていたが、ピアノ界ではロマン派最後の灯火が燦然と輝いていたことが如実にわかる。

よって、演奏次第では幾分食傷したに違いない。そうならなかったのは、ひとえにググニンのクリエイティブな演奏のためだ。彼はまるで台本から舞台を作り上げるかのように、楽譜から様々な表情や情景を読み取り、音楽の中で具現化していくのである。

とりわけそうした才は、いわゆる「キャラクター・ピース」のような標題付き小品で発揮された。例えば冒頭のレシェティツキ《3つの小品》。「ユーモラスな」、「おどけた」、「英雄的な」とそれぞれ形容詞がつくが、音の形のみならず色や抑揚で巧みに脚色し表情をつけていく。あるいはホフマンの《性格的なスケッチ集》。ここでは写実的で重層的でもあるテクスチュアを丁寧に解きほどいていく。その結果、様々なドラマがまるで絵巻物を広げていくように次々と目の前に繰り広げられていった。

一方、ゴドフスキの生まれ故郷であるポーランド(現リトアニア領)を意識してのことであろう、「マズルカ」や「ポロネーズ」を題材にした作品もある。けれども、ググニンはそうした民俗的要素については前面に出すことはなく、あくまでロマン派ピアノへの香りづけ程度の役割しか与えない。ゴドフスキを取り巻く世界がそうであると言わんばかりだ。

確かに、ここに集められた作品を聴くと、その民族的特質(ゴドフスキはユダヤ人でもある)は、西洋世界で成功した彼の人生においてそれほど深い意味をもたなかったのではないかと思われてくる。モシュコフスキの《情熱的メロディー》やシテルンベルクの《練習曲》のように、曲によってはトーンを一転させて深い憂いや哀愁をまとわせもするが、音楽的な観点以外の特別な含みがあったようには感じられなかった。

いずれにせよ、ググニンはプログラム全体を通して実に様々な場面や役回りを器用に演じて見せた。いやむしろ、一つの舞台を「演出した」と言った方が良いだろう。ゴドフスキというピアニストの周りに花開いた19世紀のブルジョワ的華燭の世界。このググニンの舞台には、当時ヨーロッパの社会を変えつつあった泥臭さや人々の汗や血の匂いなどはない。それは単に楽譜を音に起こすことを超えた、一つの創造的行為であったと言えるだろう。

ところがその余韻に浸る間もなく、アンコールで突如として全く別の一面を見せた。曲はプロコフィエフの《ピアノ・ソナタ第7番》の終楽章。重機で猛進するようなけたたましさ、全てを吹き飛ばしていくような破壊力。そこには悪魔的な香りさえ漂わせている。それまでの演出家ググニンの姿が一挙に吹き飛んだ。いやむしろ、これは彼自身の内面の発露ではないか。このピアニスト、これからどれだけ多くの顔を見せてくれるのだろう。

(2019/10/15)

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〈player〉
Andrey Gugnin (Piano)

〈pieces〉
Theodore Leschetizky: Trois morceaux op. 48
Moritz Moszkowski: Melodia appassionata op. 81-6
Ignaz Friedman: Drei Klavierstücke op. 33
Ossip Gabrilowitsch: Etude for the left Hand alone op. 12-2
Constantin von Sternberg: Etude de Concert No 5. Op. 115
Joseph Holbrooke : From 10 Rhapsody Etudes op. 42
Emil Liebling: Concert Polonaise op. 41
Sergei Rachmaninov: Polka de V. R.
Josef Hofmann : Charakterskizzen op. 40
Abram Chasins: Prelude no. 13 in G♭Major op. 13-1
Théodore Szántó: Troisièm étude orientale
Emile von Sauer : Etude de Concert No. 19 “Vision” pour Piano
Felix Blumenfeld : Étude für die linke Hand allein op. 36
Franz Liszt-Ferruccio Busoni: La Campanella
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Sergey Prokofiev: Piano Sonata no. 7 op. 83., 3rd movement