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サントリーホール サマーフェスティバル2019 第29回 芥川也寸志サントリー作曲賞選考演奏会|西村紗知

サントリーホール サマーフェスティバル2019 第29回 芥川也寸志サントリー作曲賞選考演奏会
SUNTORY HALL Summer Festival 2019,The 29th Competition of Yasushi Akutagawa Suntory Award for Music Composition

2019年8月31日 サントリーホール 大ホール
2019/8/31  SUNTORY HALL Main Hall
Reviewed by 西村紗知 (Sachi Nishimura)
Photos by 山廣康夫
写真提供:サントリーホール

<演奏>        →foreign language
指揮:杉山洋一
チェロ:山澤 慧
打楽器:菅原 淳/石田湧次
エレクトロニクス:有馬純寿
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団

<曲目>
第27回 芥川作曲賞受賞記念サントリー芸術財団委嘱作品
茂木宏文(1988~):『雲の記憶』チェロとオーケストラのための(2019)※世界初演
第29回 芥川也寸志サントリー作曲賞選考演奏会
鈴木治行(1962~):『回転羅針儀』室内管弦楽のための(2018)
稲森安太己(1978~):『擦れ違いから断絶』大アンサンブルのための(2018)
北爪裕道(1987~):自動演奏ピアノ、2人の打楽器奏者、アンサンブルと電子音響のための協奏曲(2018)

 

今年の芥川也寸志サントリー作曲賞(旧称:芥川作曲賞)の候補作には、文学賞さながら、語りえぬものへの憧憬に満ちた作品が揃った。どの作品も程度の差こそあれ、ファジーさを積極的につくるということに苦心している。音楽という表現媒体自体がそもそもファジーなところがあるのに、これを積極的につくるというのは、何かしら歴史的な意味合いがあるものだ。聴き手に共通の作用をもたらすような音響をいかにつくるか――これがクラシック音楽で共有されてきた月並みではあれ重要な課題だとするならば、今日の作品はそれぞれに逆の方向を目指している。押しつけがましい音楽はやりたくないということだろう。とはいえ、個別的で瑣末なものをつくろうとする意図もない。やはりどれも渾身の作なのであって、それだから、聴いていてなかなかに落とし所を探るのが難しい。ふうわりふわりと、ゆっくり蛇行しながら、聴衆を煙に巻いて、コンフリクトも無く――音楽は逃げ去って行った。

最初は茂木の『雲の記憶』。今回の委嘱作品である。まずタイトルをみて、「雲」と「記憶」というキーワードは、いまや現代音楽の標題の中では古典的な部類になってきたのだと感じる。アンフォルメルな音響体への確固たる意志が作品全体を貫き通しており、楽器奏者単体ごとの音色の細かなレイヤーは、誠によく彫琢されている。チェロ・山澤慧とオーケストラとの関係も繊細だ。チェリストはミストのようにふわりとした音響の中に常にあって、あまり朗々と語るように奏でてはならない。例外は、入りのメロディックなパッセージと後半のカデンツァであろうが、カデンツァにはハーモニクスや駒の近くで鳴らすような慎重な箇所もあり、チェリストはやはり飽くまでも繊細さを心がけて、ミストを吹き飛ばさないようにせねばならなかったようである。

さて、候補作品最初の演奏は鈴木の『回転羅針儀』。遠景で繰り広げられる光景を見つめるような、ぼやけた風合いの作品である。パステルカラーの異形の隊列が、ゆっくり蛇行するようにして、ぐるぐる回ったりしながら、どこかに進んでいく。暖かな色彩感でも、時折鳴り響くサイレンのせいか、ディストピアの感が拭えない。スネアドラムの使い方で、どことなく行進曲の類型にあるように思えるものの、このリズムに乗せられる、繊細に重ねられたオーケストラは、絶対に拍のままにならない。コラージュ的な楽章作法と、この反復も効果的であった。これは通例のコラージュの意義を踏襲しないような書法である。というのも、あらかじめ鳴っていた楽想とそこにコラージュされた楽想との間に断絶がなく、ぼかされながらもうまく馴染んでいるのである。特に印象的だったのは、たまに聞こえてくるウィンナワルツのような楽想で、それは奇妙な夢のようであった。

語りえぬ方へ最も強く傾いていたのが、稲森の『擦れ違いから断絶』であった。多少手順的なかたちで、あまり積極的な性格をもたない楽節が縷々に通過していくが、聴衆がそれらをまとめて何か意味のあるものとして聴こうとするのは、強く禁じられている。一番最初は快活で調子のよい楽想で、ハープやピアノのキラキラした音色が聞こえてくることもあったし、木管が息の音をさせるシーンもあって、それからヴァイオリンとフルートが……と思い出してみても、どうも最後のシアターピース、すなわち調子づいたヴィオラが全員から白眼視されるシーンに辿り着けない。ずっと密やかに、作品の部分相互の関係が壊れ続けているのである。

画素数の粗いピクセルが、風景や空気を淡々と侵略していくよう。候補作最後の演奏となった北爪の自動演奏ピアノのコンチェルトには、確かに、これほどの奇特なセッティングを用いるのであればもっと何か面白い出来事がつくれように、と思わせるところがあった。鳴り物入り芝居噺のように華やかではあったが、パーカッションアンサンブルとエレクトロニクスが作品の形式組成的な部分にまで食い込んできてはいないのである。
しかしこの作品の意義深い点は、人間と機械の関係を音楽作品に持ち込むにあたって、従来の問題意識とは違っているのが明示的なところである。人間が機械からの侵略に怯える、などという題材ではもはやない。自動ピアノとて、人間の身体では弾けないようなパッセージを必死に披露するわけではないのだ。作品全体にわたりコンフリクトがなく、もっと風景的な音楽である。自動ピアノのデジタルな音色が、器楽のアナログな音色をじわじわ塗り替えてゆく。
ふと、今年東京都現代美術館の企画展で見た、東北の震災風景にアニメの画がコラージュされた作品を思い出した。梅沢和木『とある現実の超風景2018ver.』である。あのような、軽薄さと深刻さの相互作用を体現したいのなら、現代音楽はどのような努力をすればよいのだろうか。

今回の受賞作は、稲森安太己『擦れ違いから断絶』に決定した。この作品に対する、審査員の坂東祐大の「今まで聴いたことのない振り回され方をした」というコメントが印象に残る。未来がまさに生成される地点に現代音楽はあるということを、改めて実感することとなった。また、4曲ともども慎ましい性格が印象的であった。作品における慎ましさが聴衆にとっての必然性へと移行するのかどうか、この点は今後注目すべきところとなるであろう。

(2019/9/15)

関連評:サントリーホール サマーフェスティバル2019 第29回芥川也寸志サントリー作曲賞選考演奏会|齋藤俊夫

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<Artist>
Yoichi Sugiyama, Conductor
Kei Yamazawa, Cello
Atsushi Sugahara / Yuji Ishida, Percussion
Sumihisa Arima, Electronics
New Japan Philharmonic

<Program>
Commissioned Work of The 27th Competition of Akutagawa Award for Music Composition
Hirofumi Mogi(1988-) :
Memory of CloudsConcerto for Violoncello and Orchestra(2019) *World Premiere
Finalists’ Works
Haruyuki Suzuki(1962-) : Gyrocompassfor Chamber Orchestra(2018)
Yasutaki Inamori(1978-) :
Miscommunication to Excommunicationfor Large Ensemble(2018)
Hiromichi Kitazume(1987-) : Concerto for Player piano, 2 Percussionists, Ensemble and Electroacoustic(2018)