オペラ夏の祭典2019-20 プッチーニ:《トゥーランドット》|藤堂清   

オペラ夏の祭典2019-20 Japan↔Tokyo↔World
東京文化会館と新国立劇場による共同制作
ジャコモ・プッチーニ:《トゥーランドット》(日英字幕付き原語)
Summer Festival Opera 2019-20 Japan↔Tokyo↔World
Produced by: Tokyo Bunka Kaikan / New National Theatre, Tokyo
Puccini: Turandot(Sung in Italian with Japanese/English Subtitles) 

2019年7月12日 東京文化会館 大ホール
2019/7/12 Tokyo Bunka Kaikan Main Hall 
Reviewed by 藤堂 清(Kiyoshi Tohdoh)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi) 

<スタッフ>              →foreign language
指揮:大野和士
演出:アレックス・オリエ
美術:アルフォンス・フローレス
衣裳:リュック・カステーイス
照明:ウルス・シェーネバウム
演出補:スサナ・ゴメス
舞台監督:菅原多敢弘

<キャスト>
トゥーランドット:イレーネ・テオリン
カラフ:テオドール・イリンカイ
リュー:中村恵理
ティムール:リッカルド・ザネッラート
アルトゥム皇帝:持木 弘
ピン:桝 貴志
パン:与儀 巧
ポン:村上敏明
官吏:豊嶋祐壹
合唱指揮:三澤洋史
合唱:新国立劇場合唱団
藤原歌劇団合唱部
びわ湖ホール声楽アンサンブル
児童合唱:TOKYO FM少年合唱団
管弦楽:バルセロナ交響楽団

 

幕があがると寸劇が始まる。
男と女そして女の子。男は女を暴力的に連れ去り、それを見た女の子は逃げ去る。そこで最初の和音が鳴り響く。女の子がトゥーランドット、女はロウ・リン。トゥーランドットの男への敵意の原因を可視化したということだろう。
第3幕の最後、トゥーランドットは自死したリューの上半身をかかえて、しばしひざまずく。彼女の自己犠牲に衝撃を受けた様子で。リューが使った短刀を拾い上げ、それを隠し持ってカラフと並び民衆の歓呼に応える。だが、幕が下りてくる中、自分の首に刃をあてる(*)。

冒頭の寸劇とトゥーランドットの自死がどう呼応しているのかが演出を理解する上で重要な点だが、すっきり理解できるものではなかった。
解釈は二つ可能だろう。
一つは、最初の場面で提示された男への敵意は氷解せず、リューの死によってそれがより強固なものとなった。さらにカラフがリューの気持ちを知りながらその犠牲をも踏み台とし権力を得るために自分(トゥーランドット)を求めることに絶望し自死するというもの。しかし、もしそうならば、カラフを刺し、その後に自らの首を切るという動きの方が自然ではないか。
もう一つはこれと逆。リューの言葉によって心のトラウマが解消、今までの自身の行いを見つめなおし、自省の念から自死したという考え方。
どちらであっても、多くの求婚者を殺してきたトゥーランドットの気持ちの急な変化を理解するのは、「カラフの口づけによって心がとける」というのと同じくらいむずかしい。
これこそが演出家オリエによる「トゥーランドットの謎」なのだろうか?

東京オリンピックの芸術展示という位置付けのオペラ2演目の公演、その第1作、アジアを舞台とするプッチーニの《トゥーランドット》が東京文化会館で幕を開けた。この後、新国立劇場、びわ湖ホール、札幌文化芸術劇場(hitaru)での公演が予定されている。

アレックス・オリエを中心とする演出グループは立派な舞台装置を用意した。舞台三方に高い壁を設け、中央には吊り下げられた宮殿。皇帝やトゥーランドットはこの宮殿の中から登場し歌うのだが、その高さは他の登場人物との身分や持っている権力の違いを表わしている。第2幕でトゥーランドットは吊り下げられた宮殿の壁の前で歌い、そこでの音の反射が客席に声を届ける助けとなっていた。しかしその高さは幕ごとに下がってきて、第3幕では宮殿の壁は上にあがり床だけが残され、トゥーランドットはその上で御簾にかこまれ歌う。テオリンの声の威力をもってしても、舞台装置による反射の違いは顕著で、声が少しやせて聴こえる。とはいっても、この舞台装置、歌手にとっては大きな助けとなっていた。オーケストラ・ピットが深めだったことも声を客席に届ける点で寄与していた。
舞台は色彩がとぼしい。皇帝ほか権力者たちは白の衣装。トゥーランドット等が歌うときは照明があてられ背景の黒から浮き上がってみえる。民衆は黒や茶のボロ着をまとい、兵士に迫害される存在。この極端な権力と貧富の差が、第2幕でのカラフの上昇志向と、それを支え自分たちの地位を変えようとする民衆の動きにつながる。ただ一人リューだけはショッキングピンクの衣装で、権力者や権力を求める他の登場人物との差は明確、彼女はカラフへの愛に生きている。
演出面では、人の動かし方に疑問が残る。第1幕では、多くの登場人物が階段を上り下りして並ぶのだが、彼らの動きに必然性が感じられない。
また、カラフがトゥーランドットの姿をみて謎解きに挑戦する気持ちを固める場面、彼の位置からではトゥーランドットは見えなかったのではないか?
もう一点気になったのは、大規模な吊り下げ装置の安全性である。落下事故までいかなくとも、途中で動かなくなったりしたときどう対応するのだろうかと心配になる。

音楽面では一定の評価はできる。
指揮者大野和士が音楽監督を務めるバルセロナ交響楽団がピットに。初日ということで合奏上の問題は多かったが、厚みのある音、大胆な表情は日本のオーケストラではなかなか出せないもの。大野のコントロールも行き届いていた。
合唱は100人規模、新国立劇場合唱団、藤原歌劇団合唱部、びわ湖ホール声楽アンサンブルで構成。混成チームとは思えない整った演奏を聴かせる。
ソリストでは、リューの中村が声の安定、言葉の明瞭さで際立っていた。トゥーランドットのテオリンは第2幕では迫力のある声を聴かせたが、ヴィブラートがきつく、言葉が不鮮明となるところもあった。カラフのイリンカイは声の力はあるが表情にとぼしく、第1幕でリューのアリアに続いて歌う場面では「なんて感情のない冷たい人なのだろう」と感じさせる。トゥーランドットに求めるものが「愛」ではなく「権力」という設定にはふさわしいものだったのかもしれない。
プッチーニが書けなかった部分は通常どおりフランコ・アルファーノによる補筆が使われたが、ハッピーエンドでないエンディングとするのなら、ベリオ版を用いるという方法もあったのではないか。

来年の《ニュルンベルクの名歌手》は、海外での上演を経てから国内公演というスケジュールなので、今回より完成度の上がった公演が期待できるだろう。

(*)トゥーランドットが最後に自死するという演出は今回のオリエによるものが初めてではない。1999年にバルセロナ、リセウ大歌劇場でプレミエ公演が行われたヌリア・エスペル演出の舞台が一例。2005年に同劇場で収録された映像が発売されている。

関連評:オペラ夏の祭典2019-2020 プッチーニ:《トゥーランドット》

(2019/8/15)

 

 

 

———————————————————

<Staff>
Conductor: Kazushi ONO
Production: Àlex OLLÉ
Set Design: Alfons FLORES
Costume Design: Lluc CASTELLS
Lighting Design: Urs SCHÖNEBAUM
Associate Director: Susana GÓMEZ
Stage Manager: Takahiro SUGAHARA

<Cast>
Turandot: Iréne THEORIN
Calaf: Teodor ILINCĂI
Liù: Eri NAKAMURA
Timur: Riccardo ZANELLATO
L’imperatore Altoum: Hiroshi MOCHIKI
Ping: Takashi MASU
Pang: Takumi YOGI
Pong: Toshiaki MURAKAMI
Un mandarino: Yuichi TOYOSHIMA
Chorus Master: Hirofumi MISAWA
Chorus: New National Theatre Chorus
Fujiwara Opera Chorus Group
BIWAKO HALL Vocal Ensemble
Children Chorus: TOKYO FM Boys Choir
Orchestra: Barcelona Symphony Orchestra-the National Orchestra of Catalonia