フェスタサマーミューザKAWASAKI 2019 読売日本交響楽団|谷口昭弘

フェスタサマーミューザKAWASAKI 2019 読売日本交響楽団
Festa Summer MUZA KAWASAKI 2019
Yomiuri Nippon Symphony Orchestra
堪能! ホールが鳴り響く壮大な交響曲 

2019年7月31日 ミューザ川崎シンフォニーホール
2019/7/31 MUZA KAWASAKI SYMPHONY HALL
Reviewed by 谷口昭弘 (Akihiro Taniguchi)
Photos by 青柳聡/写真提供:ミューザ川崎シンフォニーホール 

<演奏>     → foreign language
井上道義指揮読売日本交響楽団

<曲目>
ブルックナー:交響曲第8番ハ短調 WAB. 108 (ノヴァーク版 第2稿 1890年版)

 

筆者の中では井上道義氏とブルックナーの組み合わせが今ひとつ掴みきれていないままに今回の演奏に接したのではあるが、第一印象は「とても個性的」であった。じっくりと楽譜に向き合い、表面的には静かな佇まいを備えつつも、気がついてみると剛直な響きがホールに充満していたり、大胆に揺れ動いたり。現実的に刻まれている時間と音楽の時間とのこすれ合いを感じつつ、大作を堪能した。

やや手探り感覚で始まった第1楽章、井上は1小節1小節を大切に進めていった。ブルックナーというと、一つの楽章の中に幾多の未完のシーンがゆるくつながっていることが多く、それをどう扱うのかが一つの注目点ではある。今回は場面をきっちりと区切るよりも、スムーズにつながっていく間合いと音色の統一、バランス感覚に新鮮な驚きを得た。これはホールの音響特性をも考えた方向性なのだろうか。木管群とホルンの融け合う場面に安堵感もあったが、全体としては、流れの緻密さ、アンサンブルのデリケートさが、聴き手にも緊張感を求めてくる。ただ、井上の指揮から導かれる奔放なダイナミズムもあり、のびやかな解放感も感じられた。唐突感のない、直線的な美学を感じた。

第2楽章も嵐のようなスケルツォではなかった。高弦が生み出す光彩、ヴィオラとチェロが生み出すふくよかさ、クラリネットのまろやかさなど、木目調の響きを冷静に聴くことができた。時間軸に則って様々な音色が主張し、場を彩っていく。低弦のピチカートがホール残響に響き渡るトリオ部は、その後半が祈りのようになっていき、さらに、その終わりは、ミサでいえば詩編が唱えられた後のドクソロジーを想起させた。

第3楽章は、冒頭の低弦からしてただならぬ雰囲気を醸し出す。これまで単純な伴奏くらいにしか考えていなかった部分なのだが、まるで人間の脈動のように聞こえてくる。楽章全体の錯綜した構成さえも人生の紆余曲折の歩みであり、不完全である我々という存在自体に問いを投げかけてくる。一つ一つのシーンには連続した流れがあるのに、やはり完結することなく、次へと流れてしまう。悩みながらも、思索を繰り返しながらも止まることのない流れ。ただこれをあえて批判的に捉えるのであれば、3楽章全体をいかに有機的に統一していくのかが見えにくいところもあり、聴いている方の集中力がどうしても散漫になってしまったと振り返ることもできる。ただその掴みきれなさを総体として達観することも、この楽章の理解には必要なのかもしれない。

さてブルックナー第8交響曲の第4楽章は、7番のそれと似ていて、「終わり」というよりは「新たな始まり」と映ることがある。特に今回の演奏では、第3楽章で心に沁みる抒情と感情のうねりをたっぷり体感したため、大胆に奏でられる冒頭は、まさに幕開けに映った。ただ、その後の流れは、豊かな泉が湧き出る連続ではなかった。随所に高揚する場面もあるが、それも渾身の力で鳴り響くものでもない(指揮自体は大きな終始大きなジェスチャーであったけれど)。ただじっくりと、しっとりとゆっくりと、丁寧に進められていった。その一方で、時おり驚くような変化もある。前半楽章の研ぎ澄まされた緊張は、ここに来て、より自由な方向へと解放されていったのかもしれない。その自由な感覚はブルックナーの揺れ動く楽曲構成に由来するものとは思う一方、やはり様々に連なるストーリーを選びとりながら一つの筋を感じ取ることができたら、と思ったのも事実である。

とはいえ、最後は何となくこれで良かったのかなという手応えのようなものもあって、それが全曲の終わった時の沈黙と、指揮棒が降りた時の割れんばかりの喝采という聴衆の反応になっていたのだろう。

おそらく全曲の解釈の評価は分かれる内容であったと思うし、前半楽章と後半楽章のどちらのあり方に共感するのかについても、これまでの音楽経験やブルックナー体験によっていろんな見方をされる演奏ではなかっただろうか。

(2019/8/15)

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<Performers>
Conductor= Michiyoshi Inoue
Yomiuri Nippon Symphony Orchestra

<Program>
Bruckner: Symphony No. 8 in c minor, WAB 108 (1890 version, ed. Nowak)