ウィーン留学記|ウィーンのバレエ公演|蒲知代   

ウィーンのバレエ公演
Ballettaufführungen in Wien 

text & photos by蒲知代(Tomoyo Kaba) 

音楽フィルム・フェスティバルの大型スクリーン

今年もウィーンの市庁舎前で音楽フィルム・フェスティバルが開催されている。
市庁舎はウィーン大学の隣だが、初めて観に行ったのは2017年8月。日本から遊びに来た友人のリクエストで、バレエ『ジゼル』(2016年、ロシア・マリインスキー劇場)を一緒に観た。愛するアルブレヒトに婚約者がいることを知ったジゼル。ただでさえ切ない物語だが、野外鑑賞で思わぬ収穫があった。彼女が狂乱状態に陥る場面で、市庁舎の後ろの本物の空が雷で光り始めたのだ。空とフィルムの共演。ジゼルが幽霊になって踊るころには雨も激しくなり、途中で帰る羽目に。ずぶ濡れになったが、ジゼルの気分を味わえた。
『ジゼル』の原作は、ドイツの詩人ハインリヒ・ハイネ(1797-1856)のエッセイ『精霊物語』(1835-36年)である。その中で紹介されている民間伝承から着想を得て、フランスの詩人・作家のテオフィル・ゴーティエ(1811-1872)がバレエ台本を完成させた。伝説によれば、精霊ヴィリは結婚式前に亡くなった花嫁。夜な夜な踊って、そこに迷い込んだ若い男性を踊り狂わせて殺してしまう。『ジゼル』のヒロインも亡くなってヴィリになるが、元恋人の命が助かるよう頼むので、アルブレヒトは生き延びる。報われなくても、愛する人の幸せを願うジゼル。本当の愛とはそういうものなのだろう。

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ウィーンで初めて単独のバレエ公演を観たのは、2016年12月のフォルクスオーパーでのこと。それまで、オペラやオペレッタに含まれるバレエを楽しんでいたが、知り合いからチケットを譲ってもらったので、ウィーン国立バレエ団の『カルミナ・ブラーナ』(同時上演『牧神の午後への前奏曲』『ボレロ』)を観に行った。バレエはオペラと違って字幕を見る必要がないので、舞台に集中できる。その為か、感情移入して涙腺が緩むことが少なくない。
2018年1月2日にウィーン・シュタットハレ(シティホール)で観た『白鳥の湖』もその一つ。ベラルーシ国立ボリショイ劇場バレエ団による客演である。席は埋まっていたが、地元の人が殆どという感じで、子供も多かった。ドレスアップしている人もいれば、ジーンズの人もいる。音楽は生演奏ではなかったが、最前列で見たので迫力が違った。パンフレットを買わなかったので、キャストの名前を記せないのが大変悔やまれるが、オデットとオディールを演じたバレリーナの踊りが秀逸。引き揚げられたばかりの魚のような踊りで魅せたかと思えば、全く異なる堂々とした踊りっぷりだった。忘れられない公演である。

バンベルクにある
猫を抱えたホフマン像

そして、その1週間後にはウィーン国立歌劇場でバレエ『くるみ割り人形』を観た。ウィーン国立バレエ団による公演である。同バレエ団は、ウィーン国立歌劇場とフォルクスオーパーで公演を行っていて、2018/2019シーズンは合計14演目(ガラ公演を除く)を上演した。ウィーン国立バレエ団の第1ソリストには、日本人の橋本清香さんと木本全優さんも含まれ、他にも日本人が所属している(私は2017年5月にフォルクスオーパーの『火の鳥』で初めて木本さんの踊りを観た)。橋本さんと木本さんは今年のニューイヤーコンサートに出演したのが記憶に新しいし、根占啓祐さんが今シーズン主役を務めたフォルクスオーパーのバレエ『ピーターパン』は、好評につき追加公演が行われた。
さて、『くるみ割り人形』はクリスマスシーズンに人気の演目で、チケットは早めに売り切れる。原作はドイツの作家E・T・A・ホフマン(1776-1822)の童話 『くるみ割り人形とねずみの王様』(1816年)。これにフランスの小説家アレクサンドル・デュマ(1802-1870)が脚色して、ロシアで活躍したフランス人振付師マリウス・プティパ(1818-1910)が台本を書いたそうだ。
E・T・A・ホフマンは後期ロマン派の作家で、不思議で面白い作品をたくさん世に送り出している。彼は多才な人物で、法律を学び裁判官になったが、絵画や音楽の分野でも活躍した。私はホフマンが劇場監督を務めたドイツのバンベルクを訪れたことがあるが、街にはホフマンの足跡が多く残されており、猫を抱えた銅像も建てられている。
ホフマン作品を原作としたバレエは『くるみ割り人形』だけではない。バレエ『コッペリア、あるいはエナメルの目をもつ乙女』は、ホフマンの小説『砂男』(1817年)を基に台本が作られた。『砂男』は自動人形に恋して狂ってしまう男の話。個人的には苦手だが、一回読んだら忘れられない作品でもある。ただ、バレエの方には気が狂った男は出てこない。そういう意味では、安心して鑑賞できる演目だ。

フォルクスオーパー

『コッペリア』は、2019年1月にフォルクスオーパーでプルミエ公演が行われた。予定では3月までの上演だったが、客の入りが良かったため、6月に2回の追加公演が決定。私は6月19日に鑑賞した。
パンフレットによれば、本作品は1870年にパリ・オペラ座で初演されたが、オペラ作品とセットで上演されることが多く、そのさい最終幕はカットされたらしい。しかし、1973年にフランス人の振付家ピエール・ラコットが第3幕を復活させた(第1幕と第2幕はサン=レオン版を復元)。今回フォルクスオーパーで上演されたのは、そのラコット版である。
あらすじは次の通り。
ポーランドの村娘スワニルダ(ニキーシャ・フォゴ)は青年フランツ(デニス・チェリェヴィチコ)と婚約している。ところが、フランツは老人コッペリウス(アレクシス・フォラボスコ)の娘、コッペリアに気がある様子。スワニルダはフランツの浮気を疑って別れを告げる。そして、スワニルダはコッペリウスが落とした家の鍵を偶然見つけて、友人たちとコッペリウスの家に侵入。恋敵のコッペリアが、実は機械仕掛けの人形であることを知る。そこにコッペリウスが戻って来て、スワニルダは隠れるが、その後フランツがコッペリアを連れ出そうと忍び込んで見つかってしまう。コッペリウスはフランツを酒で酔わせて眠らせ、魔術でフランツの魂をコッペリアに吹き込もうとするが、スワニルダがコッペリアと入れ替わり、その場を凌ぐ。スワニルダとフランツは二人で逃走。仲直りして、無事に結婚式を挙げる。
子どもから大人まで楽しめるコミカルな話なので、家族連れが多かった。伝統的なデザインの舞台装置と衣装に思わずうっとり。可愛らしく、繊細で、とても美しい。ロマンティック・バレエの世界に惹き込まれた。
今回の舞台で特に面白かったのは、スワニルダと友人たちが、コッペリウスの家の自動人形たちを動かして遊ぶ場面(スワニルダの友人役の一人は、日本人の芝本梨花子さんが踊った)。自動人形を演じるのもバレエダンサーたちだが、じっと動かないでいる時も、時計の秒針のような小刻みな動きをする時も、本物の人形かと見紛うレベルの完成度だった。また、コッペリアに成りすましたスワニルダの踊りも素晴らしい。フランツのソロパートも拍手が鳴りやまなかった。そして、コッペリウスは化粧も動きも老人そのもの。完全に騙された。
個人的には、スワニルダがフランツをあっさり許したのが引っ掛かる。それでいいのか、スワニルダ。とはいえ、破局エンドも見たくはない。コッペリアが人間ではなく、人形でよかったと思う。

(2019/8/15)

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蒲 知代(Tomoyo Kaba)
兵庫県神戸市出身。京都大学文学部卒業。同大学大学院文学研究科修士課程を経て、現在は京都大学及びウィーン大学の博士後期課程に在籍中。専攻はドイツ語学ドイツ文学。主に、世紀末ウィーンの作家アルトゥル・シュニッツラーを研究している。