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福士則夫作品展 1974年から現在へ|齋藤俊夫

福士則夫作品展 1974年から現在へ
Exhibition of Norio Fukushi – from 1974 toward the present

2019年6月25日 東京文化会館小ホール
2019/6/25 Tokyo Bunka Kaikan Recital Hall
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
写真提供:福士則夫

〈曲目・演奏〉(全て福士則夫作品) →foreign language
『ODE=I°』バリトン、ギター、パーカッションのための(1974)
 バリトン:松平敬、ギター:佐藤紀夫、パーカッション:石田湧次

『竜夢』バスーンのための(2012)
 バスーン:福士マリ子

『CALLING』弦楽四重奏のための(2013)
 ヴァイオリン:辺見恭孝・亀井庸州、ヴィオラ:安田貴裕、チェロ:多井智紀

『カモメは岬を巡り』フルートとハープのための(2014)
 フルート:小泉浩、ハープ:木村茉莉

『Kang・Chen』チェロのための(2017)
 チェロ:山澤慧

『QUARDRILLE』ホルン、バスーン、ヴィオラ、パーカッションのための(2019、世界初演)
 ホルン:福川暢陽、バスーン:福士マリ子、ヴィオラ:甲斐史子、パーカッション:菅原淳
 指揮:佐藤紀雄

 

昨今の新作音楽への不満から評を始めるのをお許しいただきたい。

珍しい音響を珍しい方法(大抵は打楽器と特殊奏法)で作り、その音響の順列組み合わせで要求された時間を満たす。その順列組み合わせに一貫した論理構造はない。要するにただ色々な音が順番に鳴るだけ。その音楽的意味の欠落をうめるために作品の外部から「物語」あるいは「イメージ」が付け足される。
論理的な音楽だけに備わる感情、美、エネルギーがその安易さゆえに欠如したそのような安易な「作曲」と「作品」が多すぎはしまいか?。

そう思う時こそ福士則夫を聴かねばならない。

リゲティの『アヴァンチュール』に倣ったという『ODE=I°』の、一聴するとただのナンセンスに思えるものの中に満ちる、音の流れ、寄せては返す波と潮の満干の音楽的論理性!45年前からたゆまぬこの論理の力こそが福士の音楽の要。

論理と感情は相反するものではない。『竜夢』ではバスーンの音色を生かしたユーモラスな雰囲気から次第に鬼気迫り、最後には『牧神の午後への前奏曲』のようなアンニュイさへと感情が連続的に繋がる。
『カモメは岬を巡り』の、(筆者の捉えたところ)カモメたるフルートとそれが切る風たるハープの、2人(もしくは2つ)いても孤独な、自由ゆえに寂しげな風情。
これらの複雑な感情表現もしくは感情喚起が可能なのも音楽的論理があってこそ。

『CALLING』、弦楽四重奏団が距離を置いて客席に配置され、ハーモニクス、ピチカート、通常の奏法で呼び合う。精緻に計算された一音一音が持つ音楽的「距離」に耳をそばだてる。やがてステージに4人とも上がり、カオスのような、だが滅茶苦茶ではない複雑なテクスチュアを奏でる。最後はチェロを寝かせて木の棒で弦を叩くひそやかな音から、ヴァイオリンがフワフワとディミヌエンドしていって了。
音響的探求でも、冒頭に苦言を呈した昨今の流行とはひと味もふた味も違う透き通った結晶美がここにあった。

そしてエネルギー。
『Kang・Chen』で山澤慧がたくましく重音を掻き鳴らす合間に弱音の点描やハーモニクスや高速パッセージが挟まれる序盤だけでもうこっちはひっくり返った。「Kang・Chen」とはヒマラヤ山脈の霊峰「カンチェンジュンガ」にちなんだそうだが、まさに8000メートル級の迫力。
『QUARDRILLE』すなわち舞曲カドリーユをタイトルとする最後の作品はホルンを中心の惑星、バスーンとヴィオラをその周りを回る衛星、打楽器を高速で巡る彗星とした小宇宙系を創り出す。ホルンが空間に重力波を飛ばすとそれに合わせて他の楽器もまた動き出し重力波を放つ。波と波が交錯し、極めて複雑な四重奏とは思えないスケールでのアンサンブルが実現した。

不要なものは何もない。感情、美、エネルギー、必要なものは全て備えている、この音楽論理の完璧さ。今回の福士則夫作品展で我々は6つの完全な音楽を聴いたのだ。

(2019/7/15)

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<pieces&players>

All pieces are composed by Norio Fukushi

ODE=I゜(1974)
 Takashi Matsudaira(Bton.), Norio Sato(Guit.), Yuji Ishida(Prec.)

DRACONIS DREAM(2012)
 Mariko Fukushi(Bn.)

CALLING(2013)
 Yasutaka Henmi(Vn.), Youshu Kamei(Vn.), Takahiro Yasuda(Va.), Tomoki Tai(Vc.)

A Seagull Circles over the Cape and …(2014)
 Hiroshi Koizumi(Fl.), Mari Kimura(Hp.)

Kang・Chen(2017)
 Kei Yamazawa(Vc.)

QUARDRILLE(2019, world premier)
 Nobuhiro Fukukawa(Hn.), Mariko Fukushi(Bn.), Fumiko Kai(Va.), Atsushi Sugawara(Perc.),
 Norio Sato(Cond.)