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Back Stage|水戸芸術館の現在|中村 晃

水戸芸術館の現在
The Current Situation of Art Tower Mito

text by 中村 晃 (Akira Nakamura)

水戸芸術館は、水戸市制百年記念事業の一環として構想され、音楽、演劇、美術の3つの芸術分野を対象とする複合施設として、館長に音楽評論家の吉田秀和さんを迎え、1990年に開館しました。

◆「芸術の塔」という構想

水戸芸術館の活動の原点には、吉田秀和初代館長が遺した理念があります。「水戸芸術館」の英語表記は「Art Tower Mito」。このことについて、吉田初代館長は次のように述べています。

「水戸市の市制百周年と芸術館のシンボルとして空に向かって伸びてゆく塔は、私たちの生活に根ざしながら人間のさまざまの理想、望み、憧れ、夢に形を与え、それを通して人生をますます豊かで高いものにするという芸術の在り方を象徴するものです。はじめて模型をみた時、私はこの塔の形が示唆している無限に伸びてゆく可能性に魅力を感じ、建物全体を『芸術の塔』として総括する考えを持ちました。」
(『Art Tower Mito 水戸芸術館』 財団法人水戸市芸術振興財団刊 1991年)

水戸芸術館の開館から30年近くが経ちました。私たちは、塔が示唆する無限の可能性のうちのどれほどをすくい取ることができたのか、市民の皆さまの生活の中にどれほどの豊かさを添えることができたのか、自問し続けなくてはならないと思っています。

◆水戸室内管弦楽団の結成

開館以来、水戸芸術館は水戸室内管弦楽団という専属楽団を組織して、活動を行っています。それは、吉田秀和初代館長の次のような想いの下に構想されたものでした。

「日本も洋楽を取り入れて、百有余年。今では優れた音楽家が次々に出てきて、外国に出かけていって、あるいは独奏家として、あるいは室内合奏団や交響楽団のメンバーとして、あるいは内外の音楽大学などの教師、研究員としてめざましい活躍をしている人が多くいる。その人たちの中から選りすぐって、室内管弦楽団をつくったら、いったいどんな音楽が響くことになるか?それは過去百年余りの日本の音楽の歴史を知り、その意味を考えてみるための一つの手がかりになるのではないか?」

吉田秀和から小澤征爾へ

この国際的に活躍する日本人音楽家の代表格が小澤征爾さんであり、楽団の結成当初より水戸室内管弦楽団の音楽顧問を務めています。そして、2013年からは吉田秀和初代館長の遺志を継いで、水戸芸術館館長・水戸室内管弦楽団総監督に就任しました。小澤征爾館長は就任にあたって、「水戸芸術館の活動を芸術的に質の高いものとすることは、吉田先生がこれまでやって来られた。僕はそれをより多くの人たちに、身近なものとして、親しんでもらえるようにすることが使命だと思っている。」という話しをしました。そして、この小澤館長の言葉に従って、地域の芸術施設の拠点として、より多くの方々に親しんでいただくための事業展開に、一層の力を注いでいるところです。

子どもの発達段階に応じた音楽鑑賞プログラム

音楽部門では、多くの方々に音楽芸術を親しんでいただく事業の一環として、「子どもの発達段階に応じた音楽鑑賞プログラム」を展開しています。

<幼児のためのオルガン見学会>
幼稚園児、保育園児を対象に、エントランスホールにあるパイプオルガン(パイプ数3,283 本、マナ・オルゲルバウ製作)の演奏を聴いたり、鍵盤を押して音を出したり、オルガンの伴奏で歌をうたったりする見学会。毎年1,500人以上の子供達が参加しています。近年は「0歳児からのわくわくオルガンコンサート」も開催(2019年は10月13日)。いずれも演奏とお話しはオルガニストの浅井美紀さん。

<水戸室内管弦楽団子どものための音楽会>
水戸市内および近郊の小学5年生を対象に、水戸室内管弦楽団の演奏を聴いてもらう音楽会。水戸室内管弦楽団のメンバーは定期演奏会の期間に合わせて国内外から集まってきます。子供の音楽会もこの定期演奏会の期間中に開催しています。対象となる小学生は約2,500名で、コンサートホールには入りきらないため、水戸市内の体育館に特設ステージを組んでの実施です。2004年から毎年開催、のべ40,074人の小学生を招待しました。

<中学生のための音楽鑑賞会>
水戸の子供たちは、中学1年生になると、全員が水戸芸術館のコンサートホールにやって来ます。そして、ソリストや室内楽奏者として活動する腕っこきの水戸室内管弦楽団メンバーによる室内楽の演奏会を鑑賞します。2019年度はカナダのオタワ・ナショナル・アーツ・センター管弦楽団のコンサートマスターも務める川崎洋介さんが主宰するトリオ・インクの公演を予定。

豪華講師陣による音楽セミナー

市民の芸術活動を支援する、各種セミナーも開催しています。

<水戸室内管弦楽団メンバーによるセミナー>
水戸室内管弦楽団のメンバーが講師となって、水戸市内や茨城県内の小学校、中学校、高校の吹奏楽部および高校の弦楽合奏部等の子どもたちにレッスンを行っています。元ウィーン・フィルの故ローランド・アルトマンさん(ティンパニ)や元ベルリン・フィルのラデク・バボラークさん(ホルン)、ジュリアード音楽院で教鞭を執る田中直子さん(ヴァイオリン)など、日本の音大生でもなかなかレッスンを受けられないような豪華な講師陣となっています。小澤征爾館長もたびたび参加しています。

<市民のためのオルガン講座>
元水戸芸術館主任学芸員で現在はオルガニストとして活躍する室住素子さんが講師を務め、半年間のレッスンを経て、最後に発表演奏会を行うオルガン講座。この本格的なレッスンを受ける「実技コース」に加え、一時間だけオルガンに触れてみる「一回体験コース」も併設。小学生からご年配者まで、幅広い年齢層の方たちにご参加いただいています。

茨城の演奏家たち

水戸芸術館のこれまでの約30年の活動は、優れた茨城出身の演奏家たちの輩出に、少ながらず寄与できているのではないかと思っています。近年の水戸室内管弦楽団の公演にエキストラ出演している三上亮さん(ヴァイオリン)や川又明日香さん(ヴァイオリン)は、1990年代に開催していた安永徹さん(ヴァイオリン)と市野あゆみさん(ピアノ)によるセミナーの出身者です。
また、小泉惠子さん(ソプラノ)や清水良一さん(バリトン)は、若手音楽家の登竜門となっている当館の企画「茨城の名手、名歌手たち」の出身者です。
そして、今や時代の寵児とも言える上野耕平さん(サクソフォン)は、小学生の時に初めて生で聴いて衝撃を受けたオーケストラが水戸室内管弦楽団(小澤征爾指揮、ラデク・バボラーク独奏の公演)だったそうです。そんな上野耕平さん出演の「ちょっとお昼にクラシック」公演を今年の9月1日に予定しているのですが、チケットはあっという間に完売。追加公演を行うことになりました。

学芸員によるオリジナル企画

水戸芸術館では、美術部門の学芸員と同様に、独自の企画・制作を行う専門性をもったスタッフが音楽部門と演劇部門にも揃えられています。その体制の下、オリジナル企画を行ってきました。
2019年度は、室内楽の最重要ジャンルでありながら日本では聴衆の少ない弦楽四重奏に焦点を当てる「カルテット・プレミアム・シリーズ」の第一回となるハーゲン弦楽四重奏団の公演(9月29日)。
第二次世界大戦後に活動を行う作曲家を紹介する「作曲家の肖像」シリーズとして、水戸芸術館の開館以来、企画運営委員・顧問を務めてきた水戸出身の作曲家・池辺晋一郎(1943-)の作品を特集する「池辺晋一郎の肖像」(2020年2月8日)。
ピアニストの河原忠之さんが案内役を務め、オペラの魅力をコンサートホールで堪能していただく「河原忠之の《水戸 de Opera!》」の第3回公演(2020年2月24日)などを予定しています。

小澤征爾と水戸室内管弦楽団の現在

最後に近年の水戸室内管弦楽団の活動についてご紹介いたします。2019年7月現在、103回の定期演奏会を行っています。メンバーも世代交代をしつつあります。2017年からは別府アルゲリッチ音楽祭との共同制作でマルタ・アルゲリッチさんとの共演が毎年一回行われています。
ご存知の通り、小澤征爾館長は体力的な問題から、長時間にわたって指揮をすることが難しくなってきています。しかし、音楽への情熱は変わることはなく、その想いのすべてを汲みつくして音にしようとする水戸室内管弦楽団のメンバーたちの気持ちと集中力は鬼気迫るものがあり、そこに生み出されている音楽は、本当に奇跡のようなものであると感じています。その命の燃焼する奇跡の音楽は、生きることの素晴らしさを教えてくれていると思っています。

中村 晃(水戸芸術館音楽部門 芸術監督)

(2019/7/15)

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公演情報
★2019年9月1日「ちょっとお昼にクラシック 上野耕平」
https://www.arttowermito.or.jp/hall/lineup/article_4078.html

★2019年9月29日「カルテット・プレミアム・シリーズ ハーゲン弦楽四重奏団」
https://www.arttowermito.or.jp/hall/lineup/article_4081.html

★2019年10月13日「0歳児からのわくわくオルガンコンサート」
https://www.arttowermito.or.jp/hall/lineup/article_4126.html

★2020年2月8日「池辺晋一郎の肖像」
https://www.arttowermito.or.jp/hall/lineup/article_4091.html

★2020年2月24日「河原忠之の《水戸 de Opera!》」第3回
https://www.arttowermito.or.jp/hall/lineup/article_4093.html

★水戸室内管弦楽団
https://www.arttowermito.or.jp/mco/