フォンス・フローリス バロック名曲シリーズVol.1 聖週間のフランス・バロック~高橋美千子リサイタル|大河内文恵

フォンス・フローリス バロック名曲シリーズVol.1 聖週間のフランス・バロック~高橋美千子リサイタル

2019年4月20日 日本福音ルーテル東京教会
Reviewed by 大河内文恵(Fumie Okouchi)
Photos by Junko Tomiyama

<演奏>
高橋美千子(ソプラノ)
ヴァイオリン:丹沢広樹、原田陽
チェロ&ヴィオール:島根朋史
テオルボ:佐藤亜紀子
オルガン&チェンバロ:花井哲郎

<曲目>
F. クープラン:「聖水曜日の第1朗読」(ルソン・ド・テネーブルより)
同上:『数字付き低音付きヴィオール曲集』第1組曲より
   「前奏曲」
   「軽快なアルマンド」
   「ガヴォット」
同上:「聖水曜日の第2朗読」(ルソン・ド・テネーブルより)
~休憩~
F. クープラン:『諸国の人々』「フランス人」より ソナタ
M. シャルパンティエ:『マグダレーナは嘆き』 H.343
F. クープラン:『諸国の人々』「フランス人」より アルマンド
同上:『神秘の障壁』
M. シャルパンティエ:『私の魂は悲しむ』 H.126
F. クープラン:『神秘の障壁』
M. シャルパンティエ:『修道女のためのスターバト・マーテル』
~アンコール~
H. マダン:『テ・デウム』より「主よ、あなたに願います」

 

イースター前日の「聖土曜日」、その雰囲気にふれてみたくて新大久保の教会に足を運んだ。前半はフランソワ・クープランのルソン・ド・テネーブル、後半はシャルパンティエの宗教作品を中心にプログラムが組まれ、合間に器楽曲が差し挟まれる構成。直前まで一部の演奏曲のみ公表されている状態だったので、パンフレットを開いて「こう来たか!」と唸った。

ルソン・ド・テネーブルというタイトルは、フランス・バロックになじみがないと聞き慣れないかもしれないが、じつは1991年の映画「めぐり逢う朝」の中で、同じクープランの第3ルソンが使用され、サウンドトラックCDにも収録されているので、知らないうちに耳にしている人もいるはずである。今回は第1ルソンと第2ルソンが演奏された。

第1ルソンはソプラノと通奏低音だけのシンプルな編成だが、本日はオルガン、ヴィオラ・ダ・ガンバ、テオルボが伴奏を担当し彩りを添えた。元々響きのよい教会空間を高橋の声が朗々と響く。長いメリスマで歌われる「ベス」と「ヘ」の箇所では、細かい音符のアジリタを自由自在に操り見事。「ダレス」の部分では、「嘆く」「荒廃」「苦しみ」といった言葉が劇的に表現される。ふと、歌詞のラテン語がフランス語のように聞こえていることに気づき、クープランの時代にワープしたしたような感覚になった。

後半は、シャルパンティエの宗教曲3曲の合間にクープランの器楽曲を挟み込んだ構成。器楽曲はどれも耳馴染みのあるもので、宗教曲を聴いている間に知らず知らずのうちに醸し出される聴き手のぴりりとした緊張感が和らげられた。後半から参加したヴァイオリン奏者の丹沢と原田は、1人ずつ聴くと全く異なる個性の持ち主なのだが、それが合わさると絶妙な響きになるのがとても不思議だった。

冒頭の高橋のトークによれば、この3曲は、マグダラのマリア、イエス、聖母マリアの3人がキリストの受難に際して感じたことを歌ったものを順に並べてある。受難という出来事が3人の目を通して語られることによって線的なストーリーではなく、3次元的なふくらみをもつように組み立てられている。

構成の巧みさはそれだけではない。クープランの「神秘の障壁」が、イエスの視点からみた『私の魂は悲しみ』の前ではチェンバロ独奏で、直後にテオルボで奏されると、同じ曲なのに、楽器の音色が違うというだけでなく、悲しみの深まりが自然と感じられる。

最後の『スターバト・マーテル』の4連目でテオルボのみの伴奏になる。最後の5連目は、そこにまずチェロが加わり、その後ヴァオリンとオルガンが加わり、高みに至る。この3曲の曲順はこれしかあり得なかったのだなと、ここで腑に落ちた。

復活祭直前のこの時期は、バッハの『マタイ受難曲』など大規模な受難作品の演奏会がおこなわれることが多いが、本日は作品の偉大さだけに頼るのではなく、1つ1つの曲の選定と曲順の選択を通して、いわば高橋の信仰告白に立ち会わせてもらったような気持ちになった。こんな聖週間のすごしかたもあると示してくれた演奏会に感謝したい。

(2019/5/15)

(c) Junko Tomiyama

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