東京・春・音楽祭2019 ベルリン・フィルのメンバーによる室内楽|平岡拓也

東京・春・音楽祭2019
ベルリン・フィルのメンバーによる室内楽~ピアノ四重奏の夕べ――マーラー、シューマン、ブラームス

2019年3月27日 東京文化会館 小ホール
Reviewed by 平岡拓也(Takuya Hiraoka)
Photos by 青柳聡/写真提供:東京・春・音楽祭実行委員会

<演奏>
ヴァイオリン:ノア・ベンディックス=バルグリー
ヴィオラ:アミハイ・グロス
チェロ:オラフ・マニンガー
ピアノ:オハッド・ベン=アリ

<曲目>
マーラー:ピアノ四重奏曲(断片) イ短調
シューマン:ピアノ四重奏曲 変ホ長調 Op. 47
ブラームス:ピアノ四重奏曲第1番 ト短調 Op. 25

 

オーケストラの優れた演奏が「室内楽的な」と評されることはよくあるが、室内楽を聴いて「オーケストラのような」という感想が頭をよぎることはあまりない。
だがこの日こそは、後者の比喩が非常にふさわしく思える珍しい一夜であった。

この日弾いた音楽家は、皆言うまでもなくベルリン・フィルの一員である以前に一人ひとりが独立した音楽家であるわけだが、そこから醸成された響きにはベルリン・フィルというオーケストラを強烈に感じた。もっと限定化して論じるならば、後半のブラームスの随所で、ラトルがベルリン・フィルで近年録音したシェーンベルク編曲の同曲が頭にちらついたのである。そのシェーンベルク編の『ピアノ四重奏曲第1番』は、才人ラトルが超一級のオーケストラが有するパワーを思い切り解放し、楽団も彼に応じて悪ノリ寸前まで跋扈した演奏であった。敢えて誤解を恐れずに申せば「重機の暴走」であろうか。

なにもこの日のブラームスが暴走機関車だったと評しているわけではない。前述のラトルとベルリン・フィルが見事なのは、暴走「寸前」まで攻めきり、ギリギリのところで踏みとどまるドライブ術ゆえだ。今宵の室内楽も、4人がフルパワーで攻めつつ全体の調和は見事に保たれているという、その絶妙なバランスが素晴らしいのである。おしなべてどの演奏でも雄大に奏でられる第3楽章中間部が一段とスケール豊かに響いたのも、彼らの「ベルリン・フィル的な」個性ゆえかもしれない。

前半のマーラー、シューマンでは純粋に作品の魅力に酔うことができた。
マーラー未完の『ピアノ四重奏曲』は三声部の弦楽器のうち特にヴァイオリンに重要な役割―楽曲後半など独奏に近い―が与えられているが、そこではコンサートマスターであるベンディックス=バルグリーの類稀なる美音が輝く。技巧的に完璧なだけでなく、フレーズ冒頭の一瞬を聴いただけでもどう歌おうか明晰に伝わるようなヴァイオリンだ。
シューマンのクァルテットでは誰か一人にスポットが当たるのではなく、4人が艶消しの音色で調和して整然と進む。第4楽章のフガートも競い合うような趣はなくあくまで均質だ。

冒頭に記したブラームスでの驚きは、前半の整然としたシューマンを念頭に置いて客席に戻ったら全く違った音楽が聴こえてきたからに他ならない。いくら楽団の顔となる名手が集まっているとはいえ、これだけベルリン・フィル的な特徴が濃厚に漂ってくるとは―。それだけ強烈無比な個性を持つ名門がベルリン・フィルであるということ、また同時に優れた技量と個性を持つ奏者でなければベルリン・フィルに居ることはできないということ、この二要素を相互に証明するようなブラームスを聴くことができた。末尾になってしまったが、ピアノのベン=アリが作品毎に見事に音楽を描き分け、前景と後景を自在に往来して手堅い活躍をみせていたことも記しておきたい。

(2019/4/15)