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東京フィルハーモニー交響楽団  ボーイト:《メフィストーフェレ》|藤堂清

東京フィルハーモニー交響楽団 第912回サントリー定期シリーズ 
             (第913回オーチャード定期演奏会) 
ボーイト:歌劇《メフィストーフェレ》(演奏会形式)

2018年11月16日 サントリーホール 
(2018年11月18日 Bunkamura オーチャードホール) 
Reviewed by 藤堂 清(Kiyoshi Tohdoh)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)(撮影:11月18日)

<スタッフ>
指揮・演出:アンドレア・バッティストーニ
演出コーディネーター:菊池裕美子
映像:栗山聡之、坂井小陽
照 明:丸瀬淳
舞台監督:三宅周、幸泉浩司

<キャスト>
メフィストーフェレ:マルコ・スポッティ
ファウスト:アントネッロ・パロンビ
マルゲリータ/エレーナ:マリア・テレーザ・レーヴァ
マルタ/パンターリス:清水華澄
ヴァグネル/ネレーオ:与儀 巧
助演:古賀豊
合唱指揮:冨平恭平
合唱:新国立劇場合唱団
児童合唱指揮:掛江みどり
児童合唱:世田谷ジュニア合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

 

今年2018年はアッリーゴ・ボーイトの没後100年の記念年であり、彼のオペラ《メフィストーフェレ》の初演150年でもある。
彼の名はヴェルディの最晩年の創作活動とともに語られる、《オテッロ》《ファルスタッフ》の台本作者として。ボーイト自身の作曲した作品としてはこのオペラのみが有名である。1868年にミラノ・スカラ座で初演されたが、内容の斬新さ、5時間を超える上演時間のため失敗に終わったという。その後1875~1876年に、ボローニャ、ヴェネツィアで、大幅に短縮した改訂版を上演し、高い評価を受けるようになった。その後、世界の多くの劇場で取り上げられてきた。今年は記念年ということもあってか、バイエルン州立歌劇場、メトロポリタン歌劇場、リヨン歌劇場などで上演されている。

オペラは、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテが生涯かけて書き上げた戯曲「ファウスト」を、ボーイト自身が台本化し作曲している。プロローグ、エピローグを伴う4幕、全部で8つの場面からなり、舞台上演では転換が多い。その短い中にゲーテの原作を忠実に取り込んでいる。また、タイトルロールを悪魔メフィストーフェレとしている点で、他の多くの「ファウスト」に基づく作品とは一線を画す。音楽面でも、26歳のボーイトがそれまでのイタリア・オペラの伝統から離れ、ワーグナーやマイアーベア等の語法を取り込んだ。ダイナミクスの大きな楽想、頻繁に行われる転調、大胆で複雑なオーケストレーションは、時代に先駆けたものであった。初演の楽譜が残されていれば、彼の創作の先鋭性がよりはっきりとわかったであろうが、今のところ見つかっていない。

さて、演奏に移ろう。
主役3人、メフィストーフェレのマルコ・スポッティ、ファウストのアントネッロ・パロンビ、マルゲリータとエレーナの2役のマリア・テレーザ・レーヴァはイタリアからの招聘。
パロンビは直前になっての代役であったが、いくつかの劇場でこの役を歌っていることもあり、第1幕の登場から厚みのある声で安定した流れを作り出した。
レーヴァは31歳の若いソプラノ、張りのある若々しい声、アリアでも重唱でもしっかりとした歌を聴かせてくれた。いまはミカエラのような軽めの役が中心のようだが、いずれはアイーダなどの重めの役へと活動の幅を拡げていくことだろう。これからが楽しみな歌手。
プロローグのメフィストーフェレと合唱による壮麗な音楽は圧巻。ここはバスの力量が問われるところで、レナード・バーンスタインとニコライ・ギャウロフによるプロローグだけの録音もある。二年前には東京・春・音楽祭で、リッカルド・ムーティがイルダール・アブドラザコフとともにすばらしい演奏を披露してくれた。今回のタイトルロール、スポッティはこういった時代のトップクラスのバス歌手と較べると、声の厚みも、力も、そして声の技術の点でも差があることは否めない。それを補うという意味もあっただろうか、バッティストーニはオーケストラをあおるように熱い演奏をくりひろげた。
さまざまなオペラを指揮してきているバッティストーニ(彼も31歳)だが、このオペラは初めてとのこと。作品をよく研究し、全体として細部までコントロールの効いた演奏、このオペラへの強い愛情がうかがえた。とくに第3幕・マルゲリータの死、エピローグでの抑制された響きは美しく、二重唱「遠くへ、遠くへ」やアリア「最後の時を迎えて」を支えた。
東京フィルハーモニー交響楽団はバッティストーニの指揮棒の速い動きにもきちんと反応していたし、管楽器が安定して厚みのある音を聴かせてくれた。合唱も、こんなに早く口が回るだろうかというような部分も細かく歌っていた。プロローグとエピローグしか出番のない児童合唱のがんばりもあげておきたい。
映像をともなう演出も、昨年の《オテッロ》とは違い抑制的であった。

オペラ《メフィストーフェレ》、日本では、東京オペラシアター、広島オペラアンサンブルが舞台上演を行ってきているが、常設のオーケストラによる演奏は初めてだろう。東京フィルハーモニー交響楽団が定期演奏会として企画し、首席指揮者バッティストーニの指揮のもと、ボーイトの充実した音楽聴かせてくれたことは、このオペラを多くの人に知ってもらういう意味で貴重な機会となった。また熱気あふれる演奏が聴衆の心をしっかりとつかんだように思われ、それもこのオペラを愛する筆者にとって大きな喜びである。
なお18日には会場を変え同じメンバーで演奏されたが、16日に較べると少し集中力が落ちていたように感じられた。

(2018/12/15)