宮田大 チェロ・コンサートwith ウェールズ弦楽四重奏団|藤原聡

宮田大 チェロ・コンサートwith ウェールズ弦楽四重奏団

2018年10月27日 軽井沢大賀ホール
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 武者 寛(Yutaka Musha)/写真提供:(公財)軽井沢大賀ホール

<演奏>
宮田大(チェロ)【※】
ウェールズ弦楽四重奏団【※※】

<曲目>
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第3番 ハ長調 BWV1099【※】
(宮田大のアンコール)
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番 ト長調 BWV1007~プレリュード【※】
カザルス:鳥の歌【※】
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シューベルト:弦楽五重奏曲 ハ長調 D956【※※】
(宮田大+ウェールズ弦楽四重奏団のアンコール)
J.S.バッハ:モテット第3番『イエス、わが喜びよ』~第3曲コラール「主の守り」【※※】

 

宮田大とウェールズSQによる何とも魅力的なプログラム。これを素晴らしい音響を誇る(と言われている-筆者は未体験)軽井沢大賀ホールで聴けるとあっては東京から駆け付る他ない、ということで西武の高速バスで練馬から乗り込んだ当コンサート、来て正解でした。素晴らしい。

最初は宮田大のみが登場してのバッハ『無伴奏チェロ組曲第3番』。このチェリスト最大の美質と言えば、その美しい音色と端正な表現、それでいてスケールも大きいその演奏ぶりにあるだろうが、それらがこの温かみある音響を誇る軽井沢大賀ホールで最高に生かされる。雄大な中低音の響きはふるいつきたくなるほど。表現はかなり直截で今一つの含みというか陰影が欲しいところではあったし、各舞曲の身体性をもっと生かして欲しかったとも思うが、そういったことを些細に思わせるような深い音を聴かせて圧巻の一語。
このバッハ終了後にはマイクを持って宮田がトークを行なったのだが、そこでは当日のプログラム2曲に共通する調性であるハ長調の「神性」について、そしていわゆる「都市伝説」ではあるだろうがこれを弾きながら亡くなったと言われている、とのアナウンスの後にカザルスの『鳥の歌』を演奏した。このカザルスの「最後」のイメージはシューベルト「最晩年」の所産である弦楽五重奏曲を導く、とも。

そして休憩後には宮田とウェールズSQが登場してのシューベルト『弦楽五重奏曲』。第1楽章の演奏は少し薄味である。テンポは心持ち速めであり、デュナーミクの幅はさほど大きくない。あの幽玄でなかなか歌い終わらないような第2主題も精妙ではあるがもっと沈滞して欲しい…などと考えていた後の第2楽章は前楽章よりも明らかにより踏み込んだ表現を取る。楽想にも拠るだろうが弱音への反応がより鋭敏になり、その音楽の歩みにはかすかな逡巡の気配がある。伸びやかで真っ直ぐな﨑谷直人の1stの儚さとそれに対比されるような富岡廉太郎による2nd vcのピチカートの勁さ。再現部の表現はさらに繊細さを増し、ほとんど時間感覚が崩壊するかのような思いだ。これぞシューベルトの醍醐味。この演奏はシューベルトの深部にまで肉薄しえているのではないか。
対照的に「ため」を利かせずに軽やかなリズムで進むスケルツォ主部、ここでも絶品であった全く世界の変わるトリオ部(主部再現直前辺りの弱音には息が止まるようだ)。これらを経ての終楽章では巷間言われるようなハンガリー的テイストなどとは関係なく、実に落ち着いた表現を取る。コーダ以降でもその姿勢は変わらずに実に抑制されている。そもそもこの楽章は快活であるのにどことなく不吉な音楽だという気がするが(あの最後のドの前の虚を突かれるレ♭の前打音…)、それをこの日の演奏ほどに感じさせた例もなかったと言ってもよい。
しかしウェールズSQの面々はまだ若いのに表現に浮ついたところが全くない、どころか既に老成しているような趣すらある。一体将来どのような演奏を披露してくれるのだろうか? 尚、宮田の1st vc演奏も浮くことなく全体に上手く融合しており、アンサンブルでもまた名手ぶりを発揮していた。

アンコールは「最初のバッハに戻って(宮田)」とのアナウンス後、そのモテット第3番『イエス、わが喜びよ』~第3曲コラール「主の守り」。短いがシューベルトの後には思索的で大変効果的な音楽。派手さはないがたっぷりと内容の詰まった良い音楽を聴かせて頂いた、という思いで帰京。感謝。

(2018/11/15)