日本センチュリー交響楽団 いずみ定期演奏会No. 39ハイドンマラソン|能登原由美

日本センチュリー交響楽団 いずみ定期演奏会No. 39ハイドンマラソン

2018年10月19日 いずみホール
Reviewed by 能登原由美(Yumi Notohara)
Photos by S. Yamamoto/写真提供:日本センチュリー交響楽団

<演奏>
指揮:飯森範親
チェロ:北口大輔
管弦楽:日本センチュリー交響楽団

<曲目>
ハイドン:交響曲第61番ニ長調Hob.I:61
ハイドン:交響曲第39番ト短調Hob.I:39
〜〜休憩〜〜
黛敏郎:文楽(無伴奏チェロによる独奏)
(アンコール)
北口大輔編:Twinkle, twinkle “Rock” star
ハイドン:交響曲第73番ニ長調Hob.I:73「狩り」

 

まもなく創立から30周年を迎えるという日本センチュリー交響楽団。ハイドンの交響曲を全曲演奏し、かつ録音もするというなんとも大胆なプロジェクト「ハイドンマラソン」を提案(かつ命名)したのは、現首席指揮者の飯森範親。当初は無謀と思われたこのシリーズも、スタートからすでに3年、3分の1のコーナーを回ったというが、ゴールはまだ随分先だ。

本公演では、第39番、61番、73番の3つの交響曲が選ばれた。その間に現代邦人作家の作品を挟んでパンチを効かせようという挑戦的なプログラム。曲相互の連関を云々するのは些か強引に過ぎようが、これらを並べただけでもインパクトは十分。なかなか趣向を凝らした内容だ。

実は、筆者がこの「ハイドンマラソン」を観るのは初めてである。よって、これまで彼らがどのような走りを見せてきたのかは何とも言えない。だが今日のパフォーマンスを見る限り、少なくとも疲れや迷い、あるいは飽きや馴れ合いといった長丁場ゆえに生じがちな精神面での減退はほとんど感じられなかった。とりわけ高弦パートなど、身体から音楽が溢れ出るような奏者の姿には頼もしさすら覚えた。こちらもいつの間にかその音楽に引き込まれていく。オーケストラの場合は指揮者が絶対とはいえ、個々の音楽が飛翔していく様を味わうのはやはり良いものだ。

もちろん、奏者の自発性を引き出したのはそのタクトであろう。飯森は、過度に細部までコントロールしようとはせず、むしろ全体の枠組みを形作った上で内部の構築は各々に任せているようだ。とはいえ、それは飯森の目指す「ハイドン像」を奏者が掴んでいるからこそできることであろう。今公演では時代の違う3つの交響曲が演奏されたが、音のレトリックにそれぞれ違いはあれども交響曲全体の構成にはブレがなかった。そもそも飯森のハイドンは余計な注釈や過剰な身振りを入れない分、ハイドン自身の音符が生み出す音の流れがごく自然に形成されていく。その結果、1、2楽章などはサラサラとしすぎて幾分表情に乏しい印象も持ったが、3拍子のリズムにデュナーミクを効かせたメヌエット楽章や、疾走感を持たせつつ小粋にまとめられた終楽章など、ハイドンの交響曲の世界を存分に味わうことができた。

さて、もう一つの目玉となる現代作品だが、パンチは効いていただろうか。曲は、黛敏郎の《文楽》。無伴奏チェロのための作品である。地元、大阪が世界に誇る伝統芸、人形浄瑠璃の文楽を題材とするが、西洋音楽書法の徹底した黛の手にかかると換骨奪胎。確かに形や色こそまさにそれを模しているのはわかるが、義太夫節や三味線、人形の動きを読み取ろうとすると、その根本での違いが露わになってしまうだけだ。本楽団首席チェロ奏者、北口大輔による演奏が始まった途端に、本家本元の文楽との違いが浮き彫りにされているように私には感じられた。

むしろ、西洋楽器を用いて日本の音楽を描写することにより、異文化を体現しようとする者の身体そのものが逆照射されていく、いっそのこと、その部分を楽しむ方が良いのではないか。北口の演奏を聴きながらそのようなことが頭に浮かんだ。本作の場合、西洋音楽を徹底して身につけた東洋人である黛の「西洋的」な音楽思考が、どのように東洋の音を捉えていたのか。さらに、北口の身体がそれらをどのように受け止めているのか、などである。ただし、今日の北口の演奏は必ずしも彼自身の身体から表出されているようには思えず、終始どこか借り物をまとっているようにも感じられた。あるいは、それがまさにこの《文楽》という作品の本質を表しているのかもしれない。西洋の語法という借り物を着た黛の音楽、または文楽という借り物を着た西洋様式の音楽。

だがちょっと待て。明治に入り、日本人が西洋音楽を本格的に学ぶようになってほぼ150年。今やどれが借り物で、どれが元々身につけていたものなのか、すでにわからなくなっているのではないのか。だとすれば、今後問われるのは、奏者自身がそれまでに何を身につけ、これから何を身につけようとしているのか、ということなのかもしれない。次回の「ハイドンマラソン」もやはり、現代邦人作家の作品が組み込まれるという。ハイドン同様、こちらにも大いに期待したい。

(2018/11/15)

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