Books|帝国のオペラ 《ニーベルングの指環》から《ばらの騎士》へ|平岡拓也

帝国のオペラ
《ニーベルングの指環》から《ばらの騎士》へ

広瀬大介 著
河出書房新社
2016年12月出版
1,600円(税別)
ISBN 978-4-309-62499-0

text by 平岡拓也(Takuya Hiraoka)

音楽学者・評論家として活躍する広瀬大介氏の書。タイトルが示す「帝国」とは1871-1918年のドイツ帝国であり、その歴史の両端を飾る「2人のリヒャルト」―言うまでもなく、リヒャルト・ワーグナーとリヒャルト・シュトラウス―の代表作が副題に掲げられている。序章と6つの章から成る全7章構成。大まかに分けてしまうと、第2章までがワーグナー、第3章でリヒャルト・シュトラウスが登場する。第4章は一旦舞台をフランス、イタリアといった非ドイツ語圏に移し、第5章以降でシュトラウスに戻るという流れだ。

音楽史を俯瞰する書物は数多かれど、歴史的事象の博物館的な羅列ではなく、実際に現場で体感したような生々しい皮膚感覚を以て伝えてくれる書は決して多くないように思う。その点この「帝国のオペラ」は事象の羅列とは一線を劃しており、一気に読み終えた。
理由としては第一に、同時代の世界史的状況の解説に少なからぬ頁数が割かれていることが挙げられよう。時勢と音楽史を丁寧に照らし合わせ、鮮やかに往来しつつ、作品の誕生と受容の過程が語られてゆく。これは世界史的状況でこそないが、チャイコフスキーによるバイロイト音楽祭レポートの引用も大変面白く読んだ。
第二の理由としては、重要なテーマにおいては時代を更に自由に飛び越え、現代の作品受容へと架橋してくれることが挙げられる。例えば「ニーベルングの指環」の項では初演100周年に際し創られたパトリス・シェローの演出について掘り下げ、「ばらの騎士」の項では筆者の「忘れ難い経験」としてカルロス・クライバーの上演に触れる、といった具合だ。
本書は歴史の流れをただ辿るのではなく、時折寄り道、近道をしながら筆者と共に近現代オペラの趨向を探る書なのである。

読み終えてまず印象に残ったのが、「ポスト・ワーグナー」の視座である。芸術面は勿論、ビスマルクと直接交渉するなど政治面でも奔走し、自らの理想の実現へ突き進んだワーグナーの後、いかにしてドイツ語圏、非ドイツ語圏の作曲家たちが自らのオペラを模索したか―ということも本書では詳細に描かれる。メルヒェン・オペラに自らの道を模索したコルネリウスやフンパーディンク(第2章)、普仏戦争後のワグネリズムやそれと相反する国民音楽協会(第4章)など、賛同にせよ嫌悪にせよワーグナーの影がちらつくというのは非常に興味深い。リヒャルト・シュトラウスも例外ではなく、古典音楽を父フランツに仕込まれる一方で「同時代音楽」のリストやワーグナーを吸収してゆくさまが描かれる。後半の章は、シュトラウスのオペラ1作ずつを丁寧に扱い、調性や作曲上の特色などに詳しく触れながらその魅力が語られていくが―この作曲家が専門分野である筆者らしい、饒舌な語り口に魅せられた(特に『アラベラ』の項!)。

「帝国のオペラ」の最後は当然20世紀に入り、神童コルンゴルト『死の都』とベルク『ヴォツェック』にも言及される。諸賢がご存知の通りリヒャルト・シュトラウスは長寿に恵まれ、20世紀半ばまで作曲を続けるわけだが―ドイツ帝国は1918年に崩壊し、ヴァイマル共和制を経てナチによる第三帝国が台頭することになる。1920年代以降厳しさを増す国際情勢と音楽界の潮流を知るにあたり、本書が強力な扶助になることは言うまでもない。

(2018/11/15)