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スヴェトラーノフ記念ロシア国立交響楽団 2018 日本ツアー|佐野旭司

スヴェトラーノフ記念ロシア国立交響楽団
2018 日本ツアー

2018年9月13日 サントリーホール 大ホール
2018年9月17日 東京オペラシティ コンサートホール
Reviewed by 佐野旭司 (Akitsugu Sano)
Photos by 堀衛/写真提供:テンポプリモ/撮影は9/17のみ

♪9月13日
<演奏>
西本智実 (指揮)
スヴェトラーノフ記念ロシア国立交響楽団 (管弦楽)

<曲目>
チャイコフスキー:交響曲第5番
チャイコフスキー:交響曲第6番
チャイコフスキー:バレエ《白鳥の湖》第3幕より《マズルカ》(アンコール)

♪9月17日
<演奏>
マリウス・ストラヴィンスキー (指揮)
リリヤ・ジルベルシュタイン (ピアノ)
スヴェトラーノフ記念ロシア国立交響楽団 (管弦楽)

<曲目>
ストラヴィンスキー:バレエ組曲《火の鳥》(1919年版)
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番
チャイコフスキー:交響曲第5番
チャイコフスキー:バレエ《白鳥の湖》第3幕より《マズルカ》(アンコール)

 

先月はスヴェトラーノフ記念ロシア国立交響楽団が来日し、9月9日から25日まで全国各地で14回にわたり公演を行った。この交響楽団は1936年に活動を始め、エフゲニー・スヴェトラーノフがその発展に多大な貢献をしたことから「スヴェトラーノフ交響楽団」とも呼ばれている。
今回の日本ツアーでは西本智実とマリウス・ストラヴィンスキーの両名が指揮者を務め、14回のうち西本が11公演、ストラヴィンスキーが3公演を担当していた。マリウス・ストラヴィンスキーは、イーゴル・ストラヴィンスキーと血縁関係にあるらしいが、どのような関係かは不明だ。
筆者はそのうち以下の2公演に足を運んだが、通常の演奏会では最後に演奏するような曲ばかりを取り上げており、中身の濃い演奏会だった。

9月13日の公演はサントリーホールで、西本智実の指揮。舞台での動きは凛々しく、黒くて長い上着を着たその姿は、あたかも若い時のリストを思わせる。
曲目はチャイコフスキーの交響曲第5番と第6番で、どちらも速めのテンポで前へと流れるような動きが伝わってきた。第5番の第1楽章や終楽章、第6番の第1楽章や第3楽章ではいずれも、勢いよく前進するような躍動感があり、決然とまとまりのある演奏であった。
また緩徐楽章やメヌエットの楽章では、表情豊かな演奏というよりは淡々と曲が進んでいき、流麗で洗練された響きだ。特にその印象を強く受けたのが、交響曲第6番の終楽章である。この演奏では、全体的に悲痛な感情を前面に出さない。特に最後は徐々に静謐の中へと消え入るような終わり方ではなく、いたってあっさりとし、余韻を残していない。これには賛否があるかもしれないが、筆者には新鮮に聴こえた。ただそのような終わり方をするのに、指揮者が最後になかなか手を下ろさなかったのは不自然という感も否めないが。

また西本の指揮ぶりで特に感じたのは、曲の構造をよく考えていたことである。例えば第5番第2楽章では、主旋律を際立たせつつも他の対声部をよく響かせており、巧みなポリフォニーの構造が伝わってきた。
また第5番第3楽章の中間部では、16分音符による急速な動きの旋律が中心となり、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、木管楽器が代わるがわるその旋律を奏する(しかも短いスパンで)。ここではその音色的な対比を見事に表現しており、しかも大きな旋律の流れも上手く作っていたといえる。中間部の後半にはヴァイオリンとヴィオラの掛け合いがあるが、そこでは、モーツァルトの協奏交響曲の独奏パートさながらに音色の違いが浮き彫りになった。
第6番の第3楽章も同様である。この楽章の後半には、主要主題の冒頭部分が楽器を変えながらゼクエンツ的に反復する箇所があるが、ここでも細かな音色的対比と大きな旋律的まとまりが両立されていた。
このような曲の構造を考えた緻密な演奏は、一見当たり前にも思われる。しかし筆者が知る限りでは、有名な指揮者でもそのあたりを大味に仕上げる人がいるのだ。

アンコールは《白鳥の湖》第3幕の《マズルカ》。この曲はA-B-Aの3部形式だが、A部分はテンポが速いだけでなく躍動感が強く、たたみかけるような演奏。B部分に移る際には十分に間を取り、中間部に入ると打って変わって遅いテンポで落ち着いた曲調に。もともと主部と中間部で性格の異なる曲ではあるが、この演奏ではその対比が特に極端であり、それが劇的な効果を生んだといっても過言ではないだろう。

* * * *

9月17日は東京オペラシティの公演で、指揮者はマリウス・ストラヴィンスキー。
1曲目はストラヴィンスキーのバレエ組曲《火の鳥》(1919年版)で、おおむねテンポは速め。序奏の冒頭の低音は淡白で、おどろおどろしさを感じさせなかった。こういう表現はいわゆる「ロシア風の」演奏ではないが、逆に洗練された響きで意外性もあり、これも1つの表現のあり方ではないだろうか。ただ《王女たちのロンド》はもう少し歌い込んでもよかったかもしれない。その一方で、《カスチェイの凶悪な踊り》や終曲のようにオーケストラ全体でフォルテになる曲は、ダイナミックに演奏していた。
2曲目はラフマニノフの《ピアノ協奏曲第2番》で、ロシアのリリヤ・ジルベルシュタインがソリストを務めた。ピアノは曲が進むつれ次第によく歌い込むようになった。特に第3楽章の2番目の主題は見事であった。ただtuttiの時にはピアノがオーケストラの陰に隠れてしまっており、もう少し音量のバランスを考えるべきであろう。オーケストラは感情表現が控えめだったが、第2楽章ではそれが素晴らしい効果を発揮し、特に前奏の弦楽器は教会に響くコラールのように静かで厳かであった。
最後はチャイコフスキーの《交響曲第5番》。基本的な特徴は西本の演奏とよく似ている。どの楽章もテンポは比較的速く、緩徐楽章やメヌエットの第3楽章も、淡々とした流麗な響きであった。またこの2つの楽章では、曲の構造をよく考えた緻密さも感じられた。ただ第1楽章や終楽章などの急速なテンポで力強い部分は、西本のほうが「男性的」な響きであるのに対し、ストラヴィンスキーの指揮はそれに比べると「控えめ」で、古典派か初期ロマン派を思わせる響きといえる。
アンコールは、13日と同じく《白鳥の湖》の《マズルカ》。テンポは速いが西本と比べると落ち着きがあり、穏やかだ。また主部と中間部を対比的に表現しているが、西本の演奏ほどは極端でなく、どちらかといえば雰囲気的に統一が取れていたというべきだろうか。

今回の日本ツアーは、同じオーケストラを2人の指揮者が揮り、しかも演奏曲目も重複していた。両名とも演奏の大きな傾向は似ていたが、しかし細部ではそれぞれ独自の味が出ており、その点では非常に興味深い演奏会だったといえよう。

(2018/10/15)

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佐野旭司 (Akitsugu Sano)
東京都出身。青山学院大学文学部卒業、東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程および博士後期課程修了。博士(音楽学)。マーラー、シェーンベルクを中心に世紀転換期ウィーンの音楽の研究を行う。
東京藝術大学音楽学部教育研究助手、同非常勤講師を務め、オーストリア政府奨学生としてウィーンに2年留学、2018年7月帰国。