五線紙のパンセ|その1)作曲家としての半日|中川俊郎

その1)作曲家としての半日

text & photos by 中川俊郎(Toshio Nakagawa)

前の晩どんなに遅くとも大抵は朝5時半から6時半の間に起床する。カーテンを開け、健康維持のための幾つかのサプリメントを飲み、視力矯正用眼鏡を5分以上(稀に1時間)かけ、ニュースを見てここ数日の世間の動向を調べる。クラシック音楽を短いものを最低1曲、ないしは1楽章を聴く(因みに今朝は、シュワルツコップのBeethovenリート、ギーゼキングのMendelssohnの無言歌、パオロ・ボルドーニの Schubert のワルツ全集から5曲)。サプリメントの服用とニュースと眼鏡とクラシック音楽が同時に重なることもある。その間五線紙を持ち歩き、音が浮かんだ時に、あるいは「音が浮かばなくても」メモする。この浮かばなくてもメモすることが最も重要である。

そろそろ酵素玄米のお釜(昼食・夕食用)を掻き回し、ご飯の天地をひっくり返す時間だ。メールの対応に追われているとかれこれもう8時過ぎ。外出する必要のない時は、ピアノの練習を少しだけするが「メインは作曲作業だ!」と気をとり直して作曲作業の方に集中していると、家人からお茶の声がかかり、眠気を圧(お)して階下へ降りていく。私たち夫婦は朝食を摂取しない代わりに霊芝のお茶と、果物を摂取する。

日本現代音楽協会のYouTube番組中でも説明させて頂いたが、午前中出来るだけたくさんのスケッチをバラバラの紙片に書き付ける。同じ曲のメモを、大きさ材質もまちまちな紙(時には道に落ちていた小さな板切れ)に何日間~何週間にも渡り、また1枚の紙片に異なった曲のためのメモが同居するため、枚数が多くなれば、どれとどれが同じ曲の断片なのかが判別出来なくなる…というまで書き付ける。幾つかは机上が散らかっているので、すぐ脇においてあるゴミ箱に知らないうちに落ちてしまう。気付いて拾う時もあれば忘れてそのまま捨ててしまうこともある。

それを午後「あまり考えずに急いで」かき集め、少し大きめの別なノートに第2段階のスケッチとして纏める。この段階ではまだ浄書には程遠い。何日間~何ヵ月、時には何十年後かにようやく浄書のタイミングが来た!と全ての断片が有機的に蠢いて集結してくることがある。2002年に山口幸恵、新垣隆Duoが初演してくれたヴァイオリンとピアノの曲「テトラエーダーのための記号」は、当初30分程だったが、他楽器(3分間だけオプションで室内オケとの二重協奏曲になっている部分もある)やエレクトロニクスのオプションも含め、トータルで2時間半の長さになっていて、さらに成長し続けている。

個々の断片は合体することでもとの素材が変形し、時には断片どうしに挟まれた断片が脱落死することさえある。午後にその作業をと思っていると、殆どいつも眠くなって寝てしまう。自分が選んだ音が死ぬのを喪に服すためだ…と私は考えている(?)。

外出時は電車、飛行機等の交通機関内、学食、理事会と講義の間の時間(自分の講義の最中にこっそりとメモを取ることさえある)、喫茶店やラーメン店に居る時こそ作曲のチャンスだ。

そこで浮かんだひと節が、後で考えると今朝聴いたシュワルツコップの一声とニュース中の音との重なりだったと気づくことがある。

小学生の頃からケージに憧れていたが、長じてからまさかこのような形で影響が現れるとは、思ってもいなかった。しかしケージとは、全ての音素材が純粋に物語っているように、意識的にしろ無意識的にしろ「耳と手の行動様式や生理」が決定的に異なっていて、これこそが個性と言えよう。
しかし、これで自分のリニアな思考パターン(つまりごく普通の作曲の道程)からも逃れられ、自分の癖を解除でき、無名性に一歩近づくことができると私は考えている。

「音の連続にはかならず理由がある」という人には承服しかねる考え方だろう。しかし振り返って考えてみればオネゲルをドビュッシーやラヴェルと同じように分析するのは、大変困難だろうと思われる。試みても収拾がつかなくなるだけなのではないか…。さらに例えばサティを和声分析したとしていったいどうなるのだろう? (ケージが行なったサティの分析は、そこから自身のスタイルを確立するきっかけになる、フレーズ=形式に関するものだった。)

三善晃先生は、美しいものにはかならず論理がある…とレッスンの時におっしゃった。その論理というのは場合によっては現存の「意識」や価値体系では説明出来ない論理かも知れない可能性がある。しかしそれを主張することは、論証不可能性を盾に取って、不戦敗か不戦勝か分からぬが逃げまわることと同じである。
そこで、私は自分の作品に部分的に分析的考察を試み始めた。
どこかでそれを発表する機会があればと考えている。

 (2018/10/15)

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中川俊郎(Toshio Nakagawa)
1958年東京生まれ。作曲家・ピアニスト。桐朋学園大学作曲科卒業。作曲を三善晃、ピアノを末光勝世、森安耀子各氏に師事。70歳になるジョン・ケージを迎えて行われた「Music Today ’82(武満徹企画構成)」の一環として開催された10周年記念国際作曲コンクールにおいて自作自演で第1位を受賞し、ケージにも高く評価される。1988年、村松賞、1993年、演奏・作曲家グル−プ「アール・レスピラン」の一員として第12回中島健蔵音楽賞、2009年、サントリー芸術財団主催で「作曲家の個展2009、中川俊郎」が開催され、その成果に対して、第28回中島健蔵音楽賞を受賞。 他にCM音楽界においても「ACC賞」等受賞多数。
これまでに歌手・作曲家の木村弓、邦楽囃子笛方の福原徹、演出家、小池博史等ともコラボレーションを重ね、2005年にTrp.曽我部清典、Bar.松平敬とともに結成した「双子座三重奏団」の活動も近年注目されている。
東芝EMIから、自作のサントリー「烏龍茶CM曲シリーズ」を収録したCD「chai」、ピアノソロアルバムを兼ねた「cocoloni utao」などを、またフォンテックからCD管弦楽作品選集「沈黙の起源」(2017年3月)、299 MUSIC からピアノ作品集「メッセージ/ 佐藤祐介 × 中川俊郎」(2018年10月)をリリース。
テレビ朝日「題名のない音楽会」などテレビ出演も多数。
現在、日本現代音楽協会理事、日本作曲家協議会常務理事、作曲家団体「深新會」副代表、お茶の水女子大学非常勤講師。