エリック・ハイドシェックwith カメラータ・ジオン|丘山万里子

来日50周年特別公演
エリック・ハイドシェックwith カメラータ・ジオン

2018年7月8日 東京文化会館小ホール
Reviewed by 丘山万里子(Mariko Okayama)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>
エリック・ハイドシェックpf
田部井 剛(指揮)/カメラータ・ジオン

<曲目>
オール・モーツァルト・プログラム
ピアノ協奏曲第14番 変ホ長調 K.449より第2楽章
ピアノ協奏曲第16番 ニ長調 K.451より第2楽章
交響曲第29番 イ長調 K.201より第2楽章
ピアノ協奏曲第12番 イ長調K.414より第2楽章
〜〜〜〜
交響曲第41番 ハ長調「ジュピター」K.551より第2楽章
ピアノ協奏曲第21番 ハ長調 K.467より第2楽章「みじかくも美しく燃え」

(アンコール)
バッハ:フランス組曲第6番 BWV817よりサラバンド
ドビュッシー:小さな羊飼い
ヘンデル:組曲第3番HWV428よりアリア
ハイドシェック:プレリュード

 

モーツァルトのピアノ協奏曲の第2楽章ばかりを弾くと言う。
この夏、82歳を迎えるハイドシェック、モーツァルト弾きとして名高くあれば、それにこのプログラムとあれば、聴いておきたい。コルトーの高弟で師の晩年まで教えを受けたピアニストであるし。
客席にはコルトー同門の遠山慶子の姿があった。
草津音楽祭に彼を招いたのは長く音楽監督だった遠山一行で、そうだ、先般楽しんだカニーノもと、帰宅して改めてプログラムを見たら、この二人のピアニスト、同年生まれ。
遠山一行がどんな音楽を愛し、伝えようとしたか、思い巡らすひとときともなった。

共演は田部井剛率いるカメラータ・ジオン。群馬を拠点に活動、ジオンは「慈音」の意というが、ハイドシェックを囲み、ふわっと最初の一音が響いた時、どこかでこの音、聴いたな、と思う。まろく控えめで、良い香りの。
ハイドシェックはオケに静かに耳を傾け、やがて身を預けるように自然に音楽にのってゆく。ゆったりしたテンポで、呼吸は自由そのもの。伸びたり縮んだり一瞬止めたり、でもわざとらしさが全くなく、しかもこの人にしかない息の仕方。ちょっとした装飾音とか、スタッカートとか、テヌートとか、トリルとか、モーツァルトの音の精妙な起伏を自在になぞってゆくのだ。これぞ「カンタービレ」。オケ、それを祈りつつむような表情で、ちょっと類がないアンサンブル。
再び、どこかで会ったな、こういうの・・・何気なくプログラムを見たら、ジオン、青木十良と共演とある。99歳で没したチェリスト青木の傘寿記念演奏会(1995)での京都フィルハーモニー室内合奏団、ベートーヴェン『三重協奏曲』のあの光景、あの音だ。
青木は言っていた。「オケを振ったとき、出だしの棒を横にスーッと流したら、それじゃ、どこで出たらいいかわからない、と言われた。あなたたちの好きなところで出て欲しいんだ、そうすれば自然に柔らかく始まるから。なんとなくやってみたら綺麗にふわっとなった。今の競馬馬みたいにいっぺんに揃って出たらおかしいんですよ。」
ジオンの最初の一音、それだったんだ、青木と京フィルのアンサンブル、あの光景だ。

協奏曲は4曲だが聴衆が一番楽しみにしたのは第21番だろう。やはりコルトーの弟子のハスキルは21番だけはコンサートでも演奏せず、録音もしなかった。理由はリパッティが完璧だから、と、コルトーに「君にこの曲は弾けない」と言われたからだそうだ。
清明な湖面を小さな帆船が滑って行くようなテーマ。高音と低音の響きをくっきりと弾き分けつつ、波を一つ一つ超えて行く。トリルの波頭がわずかに輝く。ハイドシェックの舳先はすべらかなのに一言一言語りかけるような優しさに満ち、一つずつのフレーズのアーチが美しく、それら全体が組み合わさって(流動して)構築する大きなアーチが生き物のように鳴り響き、それが静かに寄せてくる。高音 Cから一音一音降りてくる足取りのたとえようもない高雅。
音楽は歌で、言葉だ、と改めて思ったが、昨今、こういうピアノにはなかなか巡り合わない。5月に聴いたレオンスカヤとか、ピリスがそうだが(当然、それぞれの語りかけをする)、ピリスはすでに舞台から去った。

一貫して、彼の音は硬質で芯があり、第2楽章というくくりに想像するような甘さはない。思い入れもない。ただ、音楽の息遣いだけが、はっきり聴こえる。全てに流れるのはモーツァルトの明るい寂寥。
4曲アンコールを弾き、最後は「ポルカ」(と言ったと思う)、パラパラリンと鍵盤で指を踊らせ、ほぼ一瞬で終わった。今の、なに? 客席、煙に巻かれ。
アンコール群、どれも音色がガラリ変わったが、彼にとってそんなことは自明なのだ(自作プレリュードは前衛っぽくすらあった)。
何度も拍手に応え挨拶、しまいに「もう、疲れたよ」と両腕をさすり笑顔でステージから消えた。1時間半。

その夜、私はちあきなおみの歌を TVで聞いた(見た)。あれ、ハイドシェックと同じだ、と思った。『矢切の渡し』か何かだったろう(ちあきには珍しい)。その語りかけが、彼とまるで変わらない。
ど演歌とモーツァルトを一緒にするな?ちあきなおみとハイドシェック?冗談じゃない。
いやいや、良い音楽は、人の声、歌、ちゃんと言葉をこちらに届けてくるんですよ。

遠山一行は、ひばりのことは評価していたと思う。私は80歳の青木十良に音楽のなんたるかを学んだが、師に出会わせてくれたのは遠山だった。
コルトーの「ピアノのカンタービレ」も、リパッティもハスキルも、CDでしか知らぬが、この日、遠く、彼らの歌声をも聴いたように思う。

(2018/8/15)