小倉貴久子のモーツァルトのクラヴィアのある部屋《第32回》|藤堂清

小倉貴久子のモーツァルトのクラヴィアのある部屋《第32回》ジョヴァンニ・パイジエッロ

2018年5月22日 東京オペラシティ近江楽堂
Reviewed by 藤堂 清(Kiyoshi Tohdoh)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>
小倉貴久子(クラヴィーア)
彌勒忠史(カウンターテナー)
  (使用楽器:Klavier made by Chris Maene after Anton Walter [1795]、A=430Hz)

<曲目>
モーツァルト:《ロンドンのスケッチブック》より小品 ニ短調K.15u
G.パイジエッロ:歌劇《哲学者気取り》より〈主よ幸いあれ〉
モーツァルト:パイジエッロの歌劇《哲学者気取り》より〈主よ幸いあれ〉による6つの変奏曲 へ長調 K.398(K.416e)
モーツァルト:ボードロンの《セヴィーリャの理髪師》より〈私はランドール〉による12の変奏曲 変ホ長調 K.354(K.299a)
G.パイジエッロ:歌劇《セヴィーリャの理髪師》より
  序曲
  〈その時が近づいています〉
  〈私の名前を知りたければ〉
——————–(休憩)———————-
モーツァルト:
  〈クローエに〉K.524
  〈夕べの想い〉K.523
  〈春への憧れ〉K.596
G.パイジエッロ:6つのソナタ より
  ソナタ第3番 ト長調
  ソナタ第6番 変ホ長調
モーツァルト:歌劇《フィガロの結婚》より
  序曲(C.G.ネーフェによるクラヴィーア・ソロ編曲)
  〈自分で自分がわからない〉
  〈恋とはどんなものかしら〉
——————(アンコール)——————-

E.T.A.ホフマン:《ウンディーネ》より漁師のアリア

 

2012年以来続けられてきた「小倉貴久子のモーツァルトのクラヴィアのある部屋」、32回目となるこの日のゲストはジョヴァンニ・パイジエッロ。ナポリを本拠とするオペラ作曲家であり、1776~1784年にかけてサンクト・ペテルブルクに滞在、そこでも多くのオペラを生みだした。
パイジエッロ自身による鍵盤楽器のための作品はあまりないが、ウィーンで彼のオペラに出会ったモーツァルトは、そのアリアをテーマとする変奏曲を作曲している。
パイジエッロはボーマルシェの戯曲に基づくオペラ《セヴィーリャ(セヴィリア)の理髪師》を1782年に発表している。一方、モーツァルトの《フィガロの結婚》の原作は、その続編として書かれたものである。モーツァルトが作品をつくる上で具体的なつながりがあったかどうかはわからない。

この日の曲目も、シリーズの毎回のプログラムと同様、モーツァルトとパイジエッロ、二人の作曲家の作品から選ばれた。パイジエッロがオペラ作曲家ということから、カウンターテナーの彌勒忠史が招かれ、両者のオペラ・アリアと歌曲を歌った。

フロアの中央に蓋をはずしたフォルテピアノを正面に向けて置き、演奏する小倉の表情が多くの聴衆に見える形。彌勒は聴き手から見て左側に立って歌う。近江楽堂という100席あまりの空間、曲ごとに小倉の曲目解説や彌勒とのユーモラスなやりとりがあり、サロンのようなリラックスした雰囲気の中で進められる。

8歳のモーツァルトの小品から始まるプログラム、弾いているときの小倉の笑顔とフォルテピアノの音色が爽やかに同期する。続く、パイジエッロの《哲学者気取り》から〈主よ幸いあれ〉が歌われる。”Salve tu, Domine” で始まるラテン語の堂々とした歌の合間に、イタリア語でつぶやくように、相手を簡単に丸め込めるだろうという本音が歌われる。彌勒の歌も、この空間では無理のないもの、二つの部分の違いをはっきり歌い分ける。
続いてこのアリアをテーマとするモーツァルト作曲の変奏曲が取り上げられた。モダンピアノで弾かれることもある作品だが、フォルテピアノの場合は楽器の持つダイナミクスや音色をフルに使うことができる。色合いの変化を間近で楽しんだ。

前半の最後に、パイジエッロの歌劇《セヴィーリャの理髪師》から、序曲とアルマヴィーヴァのアリア2曲。アルマヴィーヴァはハイテノールの音域なので、彌勒には少しポジションが低かったかもしれないが無難に歌い上げた。

後半の曲目は、モーツァルトの歌曲と《フィガロの結婚》から序曲とケルヴィーノのアリア、そしてパイジエッロのソナタ二曲。
パイジエッロの曲はもともとは「ヴァイオリン伴奏付き」の曲というが、フォルテピアノだけで演奏。明るい曲想を小倉が楽しそうに弾く。表情をみているこちらもうきうきしてくる。
ケルヴィーノのアリアは彌勒のようなカウンターテナーにはぴったりの曲。〈自分で自分がわからない〉のせかされるような早い口調、〈恋とはどんなものかしら〉のゆったりとしたテンポ、どちらもマッチしていた。舞台上演でもカウンターテナーを使えば、女性が歌うズボン役とは違った効果が生みだされるのではないだろうか。

次回のゲスト作曲家E.T.A.ホフマンのオペラ・アリアのアンコールでお開きに。

モーツァルトを軸に、同時代の音楽家たちの活動を紹介するこのシリーズ、18世紀後半のヨーロッパの文化的なひろがりに気付かせてくれる。その一方で、小倉さんの屋敷の広間にお招きいただき、ゆったりとした時間を音楽とともに過ごさせていただいたようにも感じられる。来年3月、第36回まで予定が決まっているとのこと、楽しみである。

関連評:小倉貴久子のモーツァルトのクラヴィーアのある部屋|佐伯ふみ

(2018/6/15)