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ミサ・ミード ユーフォニアム|齋藤俊夫

B→C ミサ・ミード ユーフォニアム

2018年4月17日 東京オペラシティ リサイタルホール
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
Photos by 大窪道治 /写真提供:東京オペラシティ文化財団

<演奏>
ユーフォニアム:ミサ・ミード
ピアノ:清水初海(*)
パーカッション:大場章裕(**)

<曲目>
J.S.バッハ:ソナタ ロ短調 BWV1030(原曲:フルートとチェンバロのためのソナタ)(*)
フェルナンド・デッドス:『ラタタ!』(2007)(**)
スティーヴン・ブライアント:『ハミングバード』(2011)(ユーフォニアムと録音の再生)
アルフレッド・デザンクロ:『古典風小組曲』(1965)(*)
荒井建:『Seriaphonium――ユーフォニアム、電子音響、映像のための』(2017~18、ミサ・ミード委嘱作品、世界初演)
ディエゴ・ニニェロラ:『ラ・グルータ』(2006)(*)
池辺晋一郎:『ストラータVII――ユーフォニアムとマリンバのために』(2009)(**)
レイフ・ヴォーン=ウィリアムズ:『生命の家』から「静かな昼」(1903)(*)

 

ミサ・ミードは熊本出身の女性ユーフォニアム奏者。筆者も初めて聞く名前の並んだプログラム、そしてなによりユーフォニアムを主役とした演奏会などなかなかない、と期待して臨んだ。

フルートをユーフォニアムに換えたバッハのソナタ、第1楽章は「点」を「線」でつなげて綴られたフルートの旋律のその「点」が、ユーフォニアムでは「球」とでも呼ぶべきボリュームをもって現れ、ピアノと不思議なアンサンブルを成した。調和とも対比とも捉えられず、なかなか「聴き方」がわからなかったが、ユーフォニアムの音色に慣れてくると実に面白い。これもバッハか、と感心することしきり。
第2楽章は曲調とユーフォニアムの音色がぴったりと一致し、優しく、温かい調べに心ゆだねる。
第3楽章はユーフォニアムでプレストのフーガとギーグを吹いてしまう超絶技巧に脱帽。よく動くのに音に全く乱れがない。今回のB→Cのスタートは上々であった。

デッドス『ラタタ!』は奏者2人が「ratatata!」「ratatata!」と叫んで始まり、その「ratatata!」のリズムを主題にユーフォニアムとスネアドラムで軽快かつ超高速のアンサンブルを繰り広げる。小品ながらも楽しく、若々しい作品であった。

ブライアント作品は、作曲者の声でのスキャットやボーカルパーカッションの録音を再生するのに合わせてユーフォニアムが旋律を吹く。ユーフォニアムの技巧も、曲の構成も「都会的でハイセンスな」(曲目解説より)音楽だったかもしれないが、既存の音楽を脱した所は見いだせなかった。今更ポピュラー音楽の要素を取り入れた所が新しいとは言えまい。

デザンクロはフランス北部出身の作曲家。1965年の作品だが『古典風小組曲』のタイトル通り、いわゆる現代音楽的な所は全くなく、「クラシック音楽」と一般に連想される様式の音楽。しかし悪くない。
第1楽章「プレリュード」ではユーフォニアムが高音域ではろばろと宙を舞い、第2楽章「フゲット」は擬バロック的だがバロックの硬いイメージはなく、自由な遊びに満ちている。第3楽章「アリア」はデュナーミクの幅を大きくとりユーフォニアムが哀切な旋律を奏でる。第4楽章「フィナーレ」はリズミカルな、されど相当に難度の高い高速パッセージを自由自在に奏でる。ユーフォニアムという楽器の「重さ」を感じさせないミードの「技」を十分に堪能することができた。

荒井作品は、「ハイパーセリエル音楽」なる、ユーフォニアム、電子音響、映像による先端的な作品である、はずなのであるが、筆者には作曲者の「表現したいもの」が那辺にあるのかわからなかった。「ノイズを聴く」ことには筆者もそれなりに慣れているが、今回のノイズが「表現としてのノイズ」と「ただのノイズ」のどちらに聴こえたかというと、後者であったと言う他ない。また、ノイズに覆い隠されていたユーフォニアムの存在意義も疑問であり、さらに映像もたしかに音響と同期してるのはわかったが、だがそれ以上のものがない。最新の技術を使って新しい何かを作らんとしている作曲者(そして演奏者)の意気込みは買うが、まだ未完成の段階であると結論付けざるを得ない。

ニニェロラは出身地スペインの薫りを濃厚に漂わす前半はなかなかに聴けたが、(あまりにも古い例かもしれないが)バルトークや伊福部昭や間宮芳生のように、民族音楽を突き抜けて自己の表現に至ってはいない。2006年作曲なのにこの古さに安住してほしくはなかった。

池辺作品はマリンバが最高音をリズムにのって同音連打したり、最低音に移って同音連打したりする中、ユーフォニアムがアルペッジョの反復で上下に動きまくる。また逆にユーフォニアムが同音連奏し、マリンバが動く、というように静と動が交代する。そして2人が奇妙なアンサンブルを成したりしつつも、やはりユーフォニアムとマリンバはすれ違い続ける。最後はマリンバの共鳴管に息を吹き込み、ユーフォニアムも楽器に息を吹き込み、2人が高音から最低音に下行し、マリンバが最高音でピキッと決めて終了。楽しいが、ギロリとした一筋縄ではいかないものがある作品だったと言えよう。

ヴォーン=ウィリアムズは事実上アンコールのような作品。春の午睡のような心地よさに安らいで終演を迎えた。

(2018/5/15)