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カルテット・アロド |小石かつら

カルテット・アロド

2017年12月15日 京都コンサートホール、アンサンブルホールムラタ
Reviewed by 小石かつら (Katsura Koishi)
写真提供/Kyoto Concert Hall

<演奏>
カルテット・アロド
 ジョルダン・ヴィクトリア(ヴァイオリン)
 アレクサンドル・ヴ(ヴァイオリン)
 コランタン・アパレイー(ヴィオラ)
 サミー・ラシッド(チェロ)

<曲目>
モーツァルト:弦楽四重奏曲 第15番 ニ短調 K.421
B.アタイール:弦楽四重奏のための「アスル」(午後の礼拝)
(休憩)
メンデルスゾーン:弦楽四重奏曲 第2番 イ短調 op.13
(アンコール)
ビゼー:「アルルの女」よりアダージョ
メンデルスゾーン:弦楽四重奏のための4つの小品 より「カプリッチョ」

 

衝撃的で、不思議で、おもしろい演奏会だった。
演奏とは何か。または、解釈とは何か。
冒頭のモーツァルトが始まったその瞬間から、このことに思いをめぐらさずにはおれず、文字通り、ぐるぐる考えることになった。
作曲者がいて、演奏者がいて、聴者がいる。
この、音楽が存在するための基本形の、真ん中に位置するのが演奏者であり、現在のクラシック音楽の多くの場面では、楽譜を通して作曲者と語り合う立場にあるのが、彼らだ。もちろんそこには、演奏者が楽譜(作品)を解釈してきた歴史の層もまた介在している。
つまりモーツァルトが始まった瞬間に衝撃を受けたのは、「室内楽といえば、こういうものだ。」という聴者である私の「見方」に、大きな一石を投じる演奏を彼らがしたからだ。そして、そこを問い直せば、まったく別の、私の知らなかったモーツァルトが出てくることに驚愕した。

ではどのように衝撃的だったのか。
何より、4人の音が、音符を書き取れるほど隅々まで明瞭に、まったく別々に聴こえてくる。けれども、4人の息づかいは、心臓がひとつなのじゃないかと思うほど、ぴたりと一致している。そう、カルテット特有の掛け合いの妙、メロディーの受け渡し、といった「アンサンブル」は前面には出てこなくて、バラバラに分解された旋律のそれぞれが、精緻に一体化して提示されるのだ。カルテットを聴く感覚として、これまでに感じたことのない、初めての体験だった。もちろん、こんなモーツァルトも、初めてだった。おそらく、グレン・グールドが初めて登場した時も、このような衝撃がひろがったのではないか、と想像している。

カルテット・アロドは、パリ国立高等音楽院で学んだ4人によって2013年に結成されたばかりだ。2015年にカール・ニールセン室内楽コンクール、2016年にミュンヘン国際音楽コンクールで優勝し、注目を浴びている。コンクールという価値観が、このような演奏の在り方を評価するのだ、ということも私にとって新鮮だった。
また、演奏、解釈に留まらず、ヴィオラのアパレイーの楽器の構え方は、一度目をやれば視線を外すことができなくなるほど個性的。ヴィオラを身体の線と直角に、真横にまっすぐ持つのだ。その持ち方で演奏可能とするために、通常より少し下の位置(胸のあたり)に楽器がくる。ヴィオラの大きさも相まって、中世の絵画に描かれた弦楽器奏者が、絵から抜け出てきたようなイメージなのだ。彼のちょっととぼけた表情が、不思議さを助長する。

2曲目のベンジャミン・アタイールの新作は、イスラム教の礼拝がテーマなのだという。「フランス人4人組」というメンバーの出自が、なんとなく国際的な雰囲気であることに引きずられてか、異なる文化の組み合わせが、意外なほど自然に感じられた。いつまでも聴いていたいと思う、不思議な感覚の現代作品であった。

カルテット・アロドの真の魅力が発揮されたのは、メンデルスゾーンかもしれない。知性と洗練。緻密な構築。猛烈なスピード。これらのメンデルスゾーンの特徴は、「心臓がひとつ」である彼らにとって有利だ。モーツァルトと違うのは、メンデルスゾーンは解釈され始めてから、まだまだ日が浅いこと。2009年の生誕200年を契機に楽譜出版がすすみ、演奏される機会も、録音も増えてきたばかりである。「メンデルスゾーンといえば・・・」という認識が聴者に薄い分、受け入れられやすいのかもしれない、と感じた。私自身が受けた衝撃も、モーツァルトのそれとは全く異なるものだった。彼らのアプローチが首尾一貫しているとすれば、これはやはり、聴者が無意識に背負ってきた解釈の歴史があるからだと感じた。

アンコールで初めて少し雰囲気が緩み、乗っている惑星が地球になったような、空気の存在が感じられた。「この人たち人間だったんだ」と、ほっとして、「ああ、おもしろかった」と私の息をしながら、実感できたことを書き添えておく。

関連評:カルテット・アロド演奏会|藤原聡

 (2018/1/15)