ウィーン交響楽団 2017年 日本公演|谷口昭弘

ウィーン交響楽団 2017年 日本公演

2017年11月26日 横浜みなとみらいホール
Reviewed by 谷口昭弘 (Akihiro Taniguchi)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>
フィリップ・ジョルダン指揮/ウィーン交響楽団指揮

<曲目>
ベートーヴェン:交響曲第5番 ハ短調 Op. 67《運命》
(休憩)
マーラー:交響曲第1番《巨人》
(アンコール)
ヨハン・シュトラウス2世:トリッチ・トラッチ・ポルカ
ヨハン・シュトラウス2世:雷鳴と稲妻

 

ウィーン響の首席指揮者とパリ・オペラ座の音楽監督を努め、2020年シーズンよりウィーン国立歌劇場の音楽監督に就任するという報道のおかげか、人気指揮者として俄然注目を浴びているフィリップ・ジョルダン。彼の指揮するウィーン交響楽団の演奏に出かけてきた。アンコールに選んだ2曲のポルカも、もちろんウィーン本場の音楽というだけでなく、今後の彼のキャリアを象徴するかのようで、期待が高まるというものだ。今回はベートーヴェンの『5番』とマーラーの『1番』という2つの交響曲の組み合わせ。案外こういうプログラムの演奏会というのは筆者にとっては珍しいもののように感じられた。

ベートーヴェンは、冒頭のすっきりとした「叩き」から始まる。イマドキの、ピリオド派後の世界を感ずる、ぐいぐいとした進め方だ。両翼配置で、呼びかけるヴァイオリンの音が効果的に聞こえる。作品の推進力となる刻みは切れ味が良い。第2主題も気持ちよく響き、透き通っている。味わい深い水のような木管がオケ全体に、まろやかに混ざり合う。しかしジョルダンは颯爽と第1楽章を駆け抜け、間を置かずに第2楽章へ。ここでも低弦が快速なテンポの中にぐっと食い込むように歌を紡ぐ。しかしそれに応える木管は穏やかで好対照。スリムな響き合いだが、アンサンブルのまとまりがあり、このコントラストも面白い。古典派の流れを引き継ぐ典雅さが前面に出る形となった。ただ、たっぷりとした叙情性を期待する聴き手にはせせこましいだろうか。第2楽章から一呼吸で始まる第3楽章は、噛み付くようなスケルツォ。トリオにゾリゾリとした鳴りはないものの、設定した畳み掛けるテンポの中にどうしても音符を収めなければならないという使命感があり、そこに演奏者の苦心が垣間見られたようだった。あれが、ベートーヴェン自らが楽譜に書き込んだテンポということなのか。第4楽章は相対的に他楽章ほど速めではないものの、小節ごとの操作よりも、より大きなフレージングを大切にするまとめ方だ。最後まで呆気に取られ、ついつい拍手をしてしまった『5番』だった。

美しい弦のヴェールで始まったマーラーは、同じ指揮者のはずなのに全く違う世界に踏み入ったかのよう。凛とした生命感を保ちつつ、美しく繊細に整えられる第1楽章は、終盤のシンバルが入る箇所でも、それまでとの大きな断絶がないのがいい。グロテスクさというものを下手に強調しない第2楽章は、多く書き込まれた、対位法的に同時進行する楽章のそれぞれが主張し、なおかつ全体のバランスがとれていた。田園や野辺の風景を思い起こすトリオでも、楽譜の隅々まで耳を行き届かせた痕跡がある。やはりオケを上手くまとめ上げるジョルダンの手腕は確かだ。
第3楽章はコントラバス独奏から始まり、いくつもの層がきれいに作られ、オーボエが彩りを添える。洒脱で小粋な楽隊の音楽は、マーラーが多極化する文化の中に生きた人であることの証か。何とも静かで幸せな《さすらう若人の歌》最終曲の引用部分もすがすがしい。
第4楽章は暴力的な鳴りではないものの、高弦の切れは、鋭くも真っ直ぐ延びてくる。弦楽合奏は、膨らむアンサンブルというよりは、舞台に配置された通りに、横に広がっていく。大音量の部分でも、しっかりとした全体のバランスに細心の注意を払い、弾力性のあるリズムが音楽を前進させていて、落ち着いて聴くことができた。最後のアクセルにはびっくりしたが、各セクションを点で捉えるのではなく、全体の文脈の中の線の中でうまくとらえるところに感心させられた(ホルンは立奏を行った)。
アンサンブルに多少のほころびはあったのだろうが、スーパー・ヒューマンなオーケストラではないところに、かえって親近感を感じた。