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小川典子ピアノ・リサイタル|丘山万里子

ホールアドバイザー小川典子企画 Noriko’s Day vol.5
小川典子ピアノ・リサイタル
デビュ−30周年記念演奏会〜日本と英国の架け橋〜

2017年10月21日 ミューザ川崎シンフォニーホール
Reviewed by 丘山万里子(Mariko Okayama)
Photos by 青柳聡/写真提供:ミューザ川崎シンフォニーホール

<曲目>
ベートーヴェン:英国国歌「ゴッド・セイヴ・ザ・キング」による7つの変奏曲 WoO78
        ピアノ・ソナタ第23番 ヘ短調 作品57「熱情」
〜〜〜〜〜
山根明季子:イルミネイテッドベイビー(第9回浜松国際ピアノコンクール課題曲)
リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調 S.178

 

5日前に聴いたプレスラーのpppppからmfくらいの音響世界が耳に残っていたから、ベートーヴェンの最初の一打は脳天に小槌だったが、小川典子というピアニストは「鳴らす」のが特性であるから、そうだった、と席に座りなおす。
私は大音量圧倒系はいささか苦手なのだが、2015年浜松国際ピアノコンクール課題曲だった山根明季子作品を弾くというので出かけたのである。

『熱情』での爆発的な和音の累積ですでにパワー全開、同音連打の波動の上に後打ちで右手が飛び交う呼吸の身ごなしの俊敏、野性的な目つきには思わず固唾を呑む。こういうところはなかなか魅力的なのである。いたるところで楔を打ち込む強烈フォルテは彼女の持前であるので良し悪しは言わない。
が、第2楽章はもう少しゆったり息がしたいとか、低音バスの付点下降音型をもっと音楽的に弾いてくれたらとか、それぞれの変奏の味付けが、とか、細部の彫琢、響きの作り方につい不満が湧く。
が、第3楽章の疾風怒濤はさすがで、高性能のスポーツカー、ハンドルさばきも鮮やかならギア・チェンジも見事で、ぶんぶんアクセル、鳴らす、鳴らす、快演この上ない。こういうモデルが好きな人には堪らないだろう。
強音でも決してそれ用の派手なパフォーマンスをしないところもスタイリッシュだし。

後半は山根作品から。
金髪にピンク、パープルのドール・ファッションの山根が出てきて(小川とのプレトークはコンクール談義。コンサート後にはハロウィン懇親会、仮装貸し出しブースもあり)、「ベートーヴェンは市民階級、資本主義の始まりの頃の音楽」、とか「今はものの豊かさに溢れている消費社会」とか、「川崎の街を彩るイルミネーションはとっても綺麗」とか、曲は「赤ちゃんの行進曲」とかのふんわかおしゃべりがあった。
小川が前半のトークで言っていたように、曲の開始と同時に天井の銀のミラーボールが回転、時折ピカピカ光を放ち、ステージ、客席に光の斑点が回る仕掛け。
曲はといえば、低・高の順番で、和音というか音塊をガッシ・ガッシ、あるいはバン・バンとならす間を上行音階がコロコロ・・・とつないでゆく、という大変シンプルな構造。なかなか楽しくポップである。プログラムにも赤ちゃんの左足、右足のよちよち歩き、これから生まれる子供たち、未来世代への愛と祈り、とあったからそういうことだろうが、別に説明なくともビートにのってキラキラしていれば良いのである。
『水玉コレクション』などで現代音楽シーンを煙に巻いた彼女らしい作品であった。
弾き終えた小川が「難しいけど、皆さんどんどん弾いて」と言っていたが、このように、若い作曲家の後押しは大事。

最後のリストは、ベートーヴェンから推して知るべし、だったが、ストーリーテラーとしての小川の力量、大づかみな造形、仕立てのうまさも認識できたのは収穫であった。
リーズ国際ピアノコンクール第3位入賞から30年、日本と英国を拠点に活躍、浜松国際ピアノコンクールの審査委員長に就任した彼女の今後、ピアニストとしてだけでなく、様々な手腕が問われることになろう。