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Books|『音楽テイストの大転換 ハイドンからブラームスまでの演奏会プログラム』|能登原由美

『音楽テイストの大転換 ハイドンからブラームスまでの演奏会プログラム』

ウィリアム・ウェーバー著、松田健訳
法政大学出版局 
2016年出版

text by 能登原由美(Yumi Notohara)

過去について語る際、状況の理解を容易にするべく概念や史実を図式化し、物語化したいという誘惑につい駆られてしまうが、そこに収まりきらない事象は簡単に振るい落とされていくことも私たちは知っている。その点、アメリカの音楽社会学者、ウィリアム・ウェーバーは、あくまで資料に目を向け資料によって語らせる姿勢を貫き、差異や多様性にも目配りする。

本書は、『音楽と中産階級—演奏会の社会史』の著書などで知られるウェーバーが、数十年にわたる研究成果をまとめたもの。2008年にケンブリッジ大学出版局から刊行されたThe Great Transformation of Musical Taste: Concert Programming from Haydn to Brahmsで、その日本語版が、社会学者でチェロ奏者でもある松田健による翻訳で昨年出版された。数千点にも及ぶ演奏会プログラムなどの一次史料の分析を中心に、二次史料への言及も多く、邦訳版でも578頁に及ぶ大著だ。

その内容は興味深い。私たちが当たり前のようにとらえている演奏会の定型、例えばプログラム後半には交響曲を丸一曲演奏する、といったオーケストラコンサートのお決まりパターンはいつから始まったのか。あるいは、演奏会の常連と考えられているような作品は昔の観客にとってもお馴染みのものだったのか。そもそも、「クラシック」や「ポピュラー」といったジャンル分けはいつ、どのようにして生じたのか、など、毎日のように演奏会が行われている今日ではあまり意識しないような点を解き明かしていく。

分析の対象は、1750年から1875年を中心とした演奏会プログラム。サブ・タイトルにもあるように、ハイドンあたりの時代から、ロマン派の中期、ブラームスあたりの時代までだ。その間に行われた数千に及ぶ演奏会プログラムの分析を通して、人々の音楽テイストの変化を明らかにする。「大転換 “great transformation”」とは目を引く言葉だが、ウェーバーによればこの言葉には様々な意味合いがあり、具体的に以下の3点を挙げている。「音楽界の変化が大規模だったこと」、「正典レパートリーに新しい文化的権威が付与されたこと」、「『偉大な』転換は社会動向や政治動向の圧力が働いてこそ起こり得たこと」。そして、これら3点はそのまま彼の主張の中核をなすとみて良いだろう。たかだか125年間の演奏会プログラムを扱ったものとはいえ、その仔細となると実に多岐多様、それを整理するだけでも一苦労という代物だ。その膨大な資料と情報の山から掻き出され、導き出されたのがこの3点で、ハイドンからブラームスの時代の音楽界に起き、以後、現在に至るまで一定の影響力を与えている音楽史上の一大転換だったということになる。

その内容については概要だけを示すとしたい。まずは目次から全体の構成をみよう。

序章

第I部 寄せ集めと同僚主義の時代−1750〜1800年
 第1章 概念と文脈
 第2章 寄せ集め方式のいろいろ

第II部 危機と実験の時代−1800〜1848年
 第3章 音楽アイデアリズムと旧秩序の危機
 第4章 室内楽演奏会の興隆
 第5章 慈善演奏会とヴィルチュオーソ演奏会における慣習と実験
 第6章 管弦楽演奏会のクラシカル・レパートリー形成へ向けて
 第7章 プロムナード・コンサート−「ポップス」の興隆

第III部 新秩序の創立期−1848〜1875年
 第8章 クラシカル音楽が覇権を確立する
 第9章 一般公衆のための声楽

エピローグ−1914年における音楽界の状況

このように、大きく3つの部分から構成される。
第I部では、大転換に至るまでの状況について述べるとともに概念の整理を行う。ここで要となるのは、18世紀の演奏会の一般的な形としての「寄せ集め」プログラムという概念だ。つまり、オペラやオラトリオに協奏曲や交響曲など、声楽と器楽からなる多様なジャンルを組み合わせた演奏会プログラムのことで、音楽家同士が相互に協働して行う「同僚主義」を原則とするものであったという。さらに、ヨーロッパにおける文化先導者としてのパリとロンドンの優位や、ケナーとリープハーバー(松田は前者を「知識のある聴き手」、後者を「音楽愛好家」と注釈している)の区別が生じたことについても触れている。

第II部では、旧来の秩序の変容と、新たな音楽知識層や演奏会の登場、その背後をなすテイストや聴衆の分断を明らかにする。もちろんそうした変化は地域や都市によって異なるため、各章の後半ではライプツィヒ、ウィーン、パリ、ロンドンの4都市に焦点を当て個別に詳述する。ウェーバーによれば、18世紀以来の旧来の秩序は、「音楽アイデアリズム」の出現によって大きく変わる。「音楽アイデアリズム」とは、演奏会などに見られる商業化への反発と、その対極とする高級文化としての音楽を提唱する運動で、そこには政治的な文脈も大きく絡んでいる。さらに、「寄せ集め」の時代には必ず含まれていた声楽曲を除いた統一性のあるプログラムやソロ・リサイタルなど、より均質な演奏会が生み出されるとともに、室内楽演奏会や管弦楽演奏会などクラシカルな作品に焦点を当てた演奏会の形が興隆してくる。一方で、その対極ともいえるオペラ・メドレーやポピュラー・ソングのコンサートも人気を博すとともに、両者の中間的なものとみなせる「プロムナード・コンサート」が登場するなど、演奏会の形は細分化する。

第III部では、1848年以降の新しい秩序の創成について述べる。室内楽や管弦楽演奏会、リサイタルというクラシカル作品を中心とした演奏会の一方で、オペラ「ガラ」やバラードコンサートなど、ポピュラー・ソングを中心とするコンサートが並存し、それぞれの聴衆を形成したのである。ウェーバーはこうした聴衆の分断がクラシカル音楽の権威付けをもたらしたとみるが、とりわけ前者の中心となるオーケストラの演奏会により、クラシカル音楽の覇権が確立されたという。「シリアス」なものと「ライト」なものに位置付けられるこれら二者の分断は、今日でいう「クラシック」と「ポピュラー」の分断の萌芽であったといえるのかもしれない。

膨大な資料を駆使した労作だが、新旧の対立軸を鮮明にさせるよりも、ヘテロフォニックに変化していく政治や社会構造、階層が音楽テイストに変容をもたらしていく過程を描くため、しばしば様々な要素が入り乱れ、時代の流れや構図が混乱する。ウェーバーの語り口の特徴とも言えようが、むしろ現在の視点ではなく、当時の視点に立って変化の様子を辿ろうとする姿勢の表れとして評価したい。そもそも、変化は突如として起こるものではなく、その下地となるもの、前触れとなるものが重なり合いながら徐々にみられ始めるものだ。本書の前提としてウェーバーは、「正典化」という概念よりもアビ・ヴァールブルクの造語である「残存」という概念を推奨している。つまり、「異なる時代に由来し、過去の『残留物』として『潜在的』形式の中に生き続け、新しく生まれ変わる可能性を秘めた要素が重層的に残存する、という考え方」だ。テイストやレパートリーのみならず、様式の変化を考える上でも見逃してはならない点であろう。