ヴィオラスペース2017 vol.26|片桐文子

ヴィオラスペース2017 vol.26
フランスが生み出した芸術音楽

2017年5月30日 上野学園石橋メモリアルホール
Reviewed by 片桐文子(Fumiko Katagiri)
Photos by Fumiaki Fujimoto
写真提供:テレビマンユニオン

〈出演〉
アンドレア・ブルガー(vla)
ルイーズ・デジャルダン(vla)
鈴木康浩(vla)
大島亮(vla)
アントワン・タメスティ(vla)
今井信子(vla)
草 冬香(pf)
波多野睦美(Ms)
桐朋学園オーケストラ

〈曲目と演奏者〉
ノックス:マラン・マレ「スペインのフォリア」の主題による変奏曲
  (ブルガー、デジャルダン、鈴木、大島)
ヴュータン:悲歌(タメスティ、草)
ストラヴィンスキー:悲歌(デジャルダン)
レフラー:4つの詩より 第1番「ひび割れた鐘」(タメスティ、波多野、草)
フランク:ヴィオラ・ソナタ イ長調より 第1、2楽章(今井、草)
武満徹:鳥が道に降りてきた(鈴木、草)
エネスコ:演奏会用小品(鈴木、草)
C.シュターミッツ:ヴィオラ協奏曲 ニ長調(ブルガー、桐朋オケ)

 

1992年に今井信子が始めた《ヴィオラスペース》。「ヴィオラの礼賛」「優れたヴィオラ作品の紹介と新作発表」「若手の育成」を掲げた音楽祭として、すでに四半世紀、息長く続いてきた。2009年にその活動の一環として東京国際ヴィオラコンクールが創設され、入賞した若手奏者をヴィオラスペースで紹介するようになってから、ますます充実ぶりが目立つ。当初から併催されていたマスタークラスに加え、近年では大阪・名古屋での公演もスタート。2013年からタメスティがプログラム構成に関わるようになり、コンセプトをより明確に、より多彩な作品をと、工夫を凝らした曲目で、毎回、楽しませてくれている。

26回目となる今回は、フランス語で「ヴィオラスペース」を表す「Espace d’Altos」を掲げ、タメスティの祖国フランスをテーマに、フランス人作曲家による作品、および「フランス文化に影響を受けて生み出された作品」を集成。多士済々の演奏家の顔ぶれもさることながら、プログラムだけ見ても非常に面白く、興味をそそられる。

筆者は、東京公演初日、「フレンチ・タッチ」と題してフランス人以外の作曲家による作品を集めた一夜を聴いた。ヴィオラのカルテットあり、ソロあり、メゾソプラノとの共演ありと、編成の多彩さはヴィオラスペースの当初からの特色の一つだけれど、この一夜は特に、曲の配列の妙、出演者のレベルの高さと熱意、それらすべてがあいまって、一つの頂点に達していたように思う。企画者としては5年目になるというタメスティの円熟を感じた。

冒頭のガース・ノックス作品。マレの『スペインのフォリア』を換骨奪胎するがごとくの変奏曲、しかし最後まで、まぎれもなくマレなのが巧い。ハーモニクスあり、バウンシング・ボウあり、4分音ありと、これでもかと超絶技巧が続くが、腕に覚えのある4人が競い合うように妙技を披露。しかも技巧に偏らず、音楽として面白く聞かせる。冒頭からノックダウンである。

『悲歌』と題された2曲が続く。ヴュータンはタメスティとピアノのデュオ。タメスティはもう当たり前のように群を抜く名演だが、ピアノの草(くさ)冬香の素晴らしさに、前奏ですでに目(耳)を奪われた。このあと草はレフラー、フランク、武満、エネスコと大活躍だったのだが、繊細かつ表情豊かで、意図の明確な表現に、ひたすら感心。ソリストに顔を向けアイ・コンタクトをしっかり取ろうとする草は、顔の表情、身体の動きがすでに音楽を十二分に語っていて、見ていて嬉しくなるよう。ソリストよりピアニストを見ている時間が長かった感じ……それも悪いことではなかろう。

今回のヴィオラスペース、筆者が最も注目したのは、この草と、武満・エネスコ、ノックスを弾いた鈴木康浩である。エネスコはもちろん、武満が(草の好演もあって)素晴らしかった。確かな技術と音楽性に加えて、ソリストとしての華やかさ、テンペラメント。注目していきたい。

もう一つの『悲歌』、あのストラヴィンスキーにこんな想念がと強烈な印象。静謐、しかし悲しみの強度は胸をえぐられるほど大きい。音楽祭独特の華やいだ雰囲気のなか、デジャルダンが、ひとつ楔(くさび)を打ち込むかのような好演。

チャールズ・マーティン・レフラー(1861-1935)、エルネスト・ギローに作曲を学んだ、ということはドビュッシーと同門。ヴァイオリニストでもあり、アメリカに移住後、ボストン交響楽団で第2コンサートマスターを務めたという。『4つの詩』作品5から<ひび割れた鐘>。波多野がタメスティのヴィオラに拮抗する存在感。なんと美しい、心地よい声だろう。「Espace d’Altos」――アルト(ヴィオラ)の宇宙――を体現するような……

今井のヴィオラでフランクを聴けたのはとても嬉しい。悠揚せまらざる、大きな骨格の演奏はさすが。ピアノの草はすこし不本意なところもあったかもしれない。細やかさよりも、音楽の駆動力、振幅の大きさで聞かせる曲もある……そんなことを思いながら聴いたが、どうだろう?

閉幕はいつものように桐朋オケの登場。ブルガーがシュターミツの協奏曲を弾き振りで。第3回東京国際ヴィオラコンクールの覇者ブルガーは、表情の豊かさ、感情移入の深さで聴く人を惹きつけ、冒頭のノックス作品でも他の3人の奏者を牽引し、技巧に偏らない音楽性を加えるという面で大きな役割を果たしていた。ただ、大きな身体表現が、かえって聴き手の音楽への集中を妨げてしまうこともある。学生オケをリードするために、大きな身振りがさらに強調されてしまったのは惜しかった。改めて、ソロをじっくり聴ける機会を待ちたい。

最後に、演奏者全員がオケの前に勢ぞろい。タメスティが曲間のトークで紹介していたが、トリコロール――フランス国旗の3色が奏者たちの衣装に表現されていて、このとき、その真の意図がわかった。青そして赤を身につけた奏者たちの中央に、ただひとり、純白の衣装の今井信子。すべての関係者の、今井への敬愛の念。そして、この催しの中心は誰か。それがこの白に表されている。
充実したプログラムをすべて聴き終え、ヴィオラスペースの功績の大きさに改めて思いを馳せていた時だったので、胸を衝かれた。感動の閉幕だった。