ナタリー・シュトゥッツマン・シューベルト・室内楽伴奏とともに|藤堂清

〈歌曲(リート)の森〉~詩と音楽 Gedichte und Musik~ 第21篇
ナタリー・シュトゥッツマン(コントラルト) シューベルトを歌う
第1夜 室内楽伴奏とともに

2017年5月17日 トッパンホール
Reviewed by 藤堂 清
Photos by 林喜代種( Kiyotane Hayashi)

<演奏>
ナタリー・シュトゥッツマン(コントラルト)
四方恭子(1stヴァイオリン)
瀧村依里(2ndヴァイオリン)
鈴木 学(ヴィオラ)
大友 肇(チェロ)
インゲル・ゼーデルグレン(ピアノ)

<曲目>
フランツ・シューベルト
(室内楽伴奏版編曲:イングヴァル・カルコフ)

  シルヴィアに D891 (quintet)
  あこがれ D879 (piano)
  セレナーデ D957-4 (quartet)
  ガニュメデス D544 (quartet)
  漁夫の娘 D957-10 (piano)
  きみは憩い D776 (quintet)

  ピアノ三重奏曲第1番 変ロ長調 D898より第3楽章 スケルツォ

  憩いない愛 D138 (piano)
  音楽に寄す D547 (quartet)
  若い尼 D828 (quintet)
——————–(休憩)————————
  愛の便り D957-1 (quintet)
  さすらい人 D489 (quintet)
  リュートに寄す D905 (quartet)
  万霊節の連祷 D343 (quintet)
  笑いと涙 D777 (piano)

  弦楽四重奏曲第13番 イ短調 D804《ロザムンデ》より第2楽章 アンダンテ

  タルタルスの群れ D583 (quintet)
  死とおとめ D531 (quintet)
  春に D882 (quintet)
  ミューズの子 D764 (quintet)
——————(アンコール)——————–
  ます D550 (quintet)
  野ばら D257 (quintet)

 

ナタリー・シュトゥッツマンがイングヴァル・カルコフ編による室内楽伴奏により、シューベルトの歌曲を歌ったコンサート。ピアノとは異なる弦楽器の音色やフレージングが、シューベルトのおなじみの曲から新たな魅力をどのように引き出してくれるかに興味が向かう。もちろん、シュトゥッツマンの歌唱が伴奏との相互作用によって変化するかどうかという点にも着目した。

室内楽といっても弦楽四重奏とピアノ、最大でも5人である。曲により異なる編成、上記プログラムの曲名にカッコ書きで付記した。quintetはピアノを含む五重奏、quartetは弦楽四重奏、pianoは原曲どおりピアノ伴奏を意味する。

一曲目の《シルヴィアに》、シュトゥッツマンは大きな身振りで彼らに指示を与えながら歌い始めた。動きながらということが原因だろうか、声がストレートに届いてこない。伴奏の方は、出だしのピアノはオリジナルとあまり変わりがなく、弦が歌の旋律を弾きだすこともあり、その音の厚みが歌手の声にかぶってしまう。声と伴奏のバランスはどうなのだろうと首を傾げながら聴いた。
シューベルトの歌曲では、レーガー、ブラームス、ウェーベルン、ブリテンといった多くの作曲家がオーケストラ伴奏版を書いている。それぞれに特徴はあるが、ピアノでは出せない音色、とくに管楽器の音を加えることで、歌の色彩感まで変化させている。ブリテンの編曲による《ます》などでは、節ごとに楽器を変え、歌詞に寄り添ったものとなっている。これと比較するのは意味がないとは思いながらも、ふと頭をよぎる。

二曲目はピアノ、三曲目は弦楽四重奏、シュトゥッツマンの声が安定してきたこと、またこちらの耳が慣れてきたこともあるだろう、ようやく音楽の中に入り込めるようになってきた。
彼女の歌は、プレガルディエン、パドモアといった歌い手と較べると、歌詞の扱いが鷹揚というか、細かく突き詰めていくものではない。大きな流れを歌いだすことに重きをおいている。《セレナーデ》、《ガニュメデス》では、伴奏の弦楽とともに、歌詞の変化を自然に浮き上がらせていた。
伴奏が五重奏の曲になると、原曲のピアノ部分をピアノがそのまま引き継ぐところが多く、弦楽を加えた意味がどこにあったのかと感じることが多い。音色面でも管楽器のような変化があるわけではなく、ピアノ伴奏の場合に較べ、リズムが甘くなる点をカバーする利点が見いだせなかった。

後半も状況は変わらなかったが、彼女の歌に集中するように聴き方を変えたことが良かったようで、各曲の違いを楽しむことができるようになった。
《死とおとめ》の深々とした歌いぶりなど、彼女独自のもの。
弦楽を担当した4人も、存分に力量を示してくれた。

全体としていえるのは、今回演奏された室内楽伴奏版、原曲から大きく離れることはなく、安心して聴けるものであったが、創造性という点ではもう一歩踏み込む必要があるように感じられた。シュトゥッツマンの歌にインスピレーションを与えたところがあったかどうかもわからなかった。
興味深い試みを聞けたことには感謝したい。