オオサカ・シオン・ウインド・オーケストラ 第117回定期演奏会|能登原由美

オオサカ・シオン・ウインド・オーケストラ 第117回定期演奏会

2017年5月1日 ロームシアター京都 メインホール
Reviewed by 能登原由美(Yumi Notohara)
写真提供/大阪市音楽団

<演奏者>
指揮:ジェイムズ・バーンズ
吹奏楽:オオサカ・シオン・ウインド・オーケストラ

<曲目>
ジェイムズ・バーンズ:
 アルヴァマー序曲
 交響曲第8番(日本初演)
 祈りとトッカータ
 パガニーニの主題による幻想変奏曲
 マラゲニア〜エルネスト・レクオーナのマラゲーニャによる〜(世界初演)

 

大正12年に創設されたというオオサカ・シオン・ウインド・オーケストラ(以下、「シオン」と略称)。日本で最も長い歴史をもつ交響吹奏楽団という。100年近くに及ぶその長い歴史の中で初めて、定期公演を京都で行った。

指揮者にはアメリカ吹奏楽界の巨匠、ジェイムズ・バーンズを招聘。バーンズは指揮者としてより、吹奏楽を中心とした作曲家としてよく知られている。シオンはこれまでにも彼の作品の世界初演、日本初演を手がけており、本拠地を離れての初の定期では全プログラムをバーンズ作品とした。もちろん、世界初演、日本初演となる作品を盛り込むことを忘れずに。

実を言えば、私にとっては吹奏楽の世界というのは元々馴染みが薄いものであった。演奏する曲といえば、マーチやポップス系の作品、あるいはオーケストラ作品を吹奏楽用にアレンジしたものというイメージだ。だが数年前、ある地方の吹奏楽団の定期公演を聴いた際、そのイメージが大きく変わった。吹奏楽のための新作も多いだけではなく、そのサウンドにはオーケストラとは違った音の広がりや膨らみがある。オーケストラ作品には見られない世界がありそうだ。そう実感したのである。ただし、その違いがどこにあるのか、曲調や音色といった表面上の違いだけではなく、オーケストラにはない世界を開くような場所がどこにあるのかについてはわからないままであった。

さて、今回のバーンズ招聘公演にそうした吹奏楽独自の新たな世界を望んだが、残念ながら期待を満たしてくれるものとはならなかった。少なくとも、作品についてはそう言える。例えば、本邦初演となる《交響曲第8番》。解説によれば、ドイツにある都市の祝賀行事のために2013年に委嘱新作された作品で、「ブラームスのような交響曲を」との要望があったという。第2楽章など音色の練り上げ方にバーンズの個性が感じられたものの、全体は古典的な形式・様式を踏襲、第3楽章を覆う甘い旋律など、委嘱時の要望に沿った創作が行われたことがよくわかる。いやむしろ、それがバーンズ自身のスタイルなのであろう。冒頭に演奏された《アルヴァマー序曲》にせよ、《パガニーニの主題による幻想変奏曲》にせよ、ロマン派の音楽の枠を超え出るようなものは見つからなかった。そうしたなかで唯一、作品に面白さが感じられたのは、世界初演となった《マラゲニア〜エルネスト・レクオーナのマラゲーニャによる〜》。キューバの作曲家、エルネスト・レクオーナが書いた「アンダルシア」の旋律を軸に3つの部分から構成される作品だが、旋律やリズムの創意工夫に満ちた音の妙技に、知らず知らずと引き込まれていた。

ただし、バーンズの作品は吹奏「楽器」の魅力を伝えるものではある。例えば、《パガニーニの主題による幻想変奏曲》など、変奏ごとに各楽器やセクションの見せ場を作る。ここではシオンの奏者の技術力や音楽性の高さもあって、それぞれの楽器の魅力を存分に味わうことができた。それにしても、ユーフォニアムの音がこれほど切なく、美しいとは…。バーンズは聴き手を楽器の虜にさせる術に長けているのかもしれない。

ところで、吹奏楽の指揮者、演奏者は、オーケストラのそれとは明らかに気質が異なるように思う。もちろん、安易な類型化は良くないけれども、バーンズ、シオンのいずれも、それが一つの特質として音楽に肉付いているように思った。つまり、規律性、全体性を重んじるという点だ。オーケストラも全体で一つの楽器であることに違いはないが、吹奏楽の方がその意識が強いのではないだろうか。今回、シオンの一糸乱れぬアンサンブルにもそれを感じたが、何よりも、自ら奏者の一員であるかのように謙虚に振る舞うバーンズの指揮ぶりには、オーケストラの指揮者との立ち位置の違いを感じさせられた。