日本フィルハーモニー交響楽団《ラインの黄金》|藤堂清

日本フィルハーモニー交響楽団 第690回東京定期演奏会<春季>
ワーグナー:《ラインの黄金》(演奏会形式/全曲・字幕つき)

2017年5月26日 東京文化会館大ホール
Reviewed by 藤堂 清(Kiyoshi Tohdoh)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)(撮影:5/27公演)

<スタッフ>
指揮:ピエタリ・インキネン[首席指揮者]
演出:佐藤美晴
照明:望月太介(A.S.G.)
衣裳スタイリング:臼井梨恵
字幕:広瀬大介

<キャスト>
ヴォータン:ユッカ・ラジライネン
フリッカ:リリ・パーシキヴィ
ローゲ:西村悟
アルベリヒ:ワーウィック・ファイフェ
フライア:安藤赴美子
ドンナー:畠山茂
フロー:片寄純也
エルダ:池田香織
ヴォークリンデ:林 正子
ヴェルクンデ:平井香織
フロスヒルデ:清水華澄
ミーメ:与儀巧
ファーゾルト:斉木健詞
ファフナー:山下浩司
管弦楽:日本フィルハーモニー交響楽団

 

オーケストラの定期演奏会でワーグナーのオペラや楽劇全曲が取り上げられることはあまりない。演奏時間を考えると、この日の演目《ラインの黄金》あるいは《さまよえるオランダ人(一幕版)》くらいだろう。日本フィルハーモニー交響楽団の首席指揮者ピエタリ・インキネンは、オーストラリアの歌劇場で《ニーベルングの指環》のチクルスを上演するなど、ワーグナーを積極的に演奏してきている。日本フィルハーモニー交響楽団とも、《ワルキューレ》第1幕、《ジークフリート》と《神々の黄昏》の抜粋といったプログラムを組んできた。そういった流れからすると、この日を出発点として《ニーベルングの指環》全四作に取り組んでいくのではないかと期待したくもなる。

当日、体調不良のためローゲとミーメの二役が、西村悟と与儀巧に変わった。こういった主役クラスの変更が可能ということは、少し前には考えられなかったこと。3月にびわ湖ホールで《ラインの黄金》が上演されており、その時の歌手が使えたという幸運はあったにせよ、日本の歌手層の厚みが増してきた証左だろう。
ヴォータンのユッカ・ラジライネンは、新国立劇場にもヴォータンやさすらい人として登場している。フリッカのリリ・パーシキヴィとともにフィンランド出身、50代に入ったばかりと世代もほぼ同じ。ワーウィック・ファイフェはオーストラリア・オペラで活躍中、2016年にはインキネン指揮の《ニーベルングの指環》でアルベリヒを歌っている。

演奏会形式と謳っているものの、歌手は譜面を前に置いて直立して歌うというのではなく、舞台前面で可能な動きを加えて場面を表現する。ラインの乙女がアルベリヒをからかう場面では、アルベリヒが水の中でうまく歩けないのに乙女に近づこうとすると、彼女はさっと身をひるがえしてすれ違っていくといったように、狭いスペースをうまく使った演出を行っていた。衣装も、神々は白、巨人は労働着、ニーベルング族は少し汚れたものと分けている。ローゲだけは背広姿であったが、意図されたものなのか急な代役で間に合わなかったのかはわからない。照明の変化や映像は、その場面でなにが起こっているかイメージする助けとなった。

演奏面に移ろう。
まず挙げるべきはインキネンの指揮だろう。彼の透明感のある音楽づくりがオペラの骨格を見通しの良いものにしている。ワーグナーを重々しく響かせていた少し前の時代とは対照的で、弦楽器の内声部がきちんと聞きとれる。テンポは中庸で、歌手が歌いやすいようにという配慮も行き届いている。オーケストラ、特に金管にミスはあったが、全体としては彼の指揮についていっていた。
歌手の中では、ファイフェのアルベリヒの登場場面ごとの歌い分けが見事。第4場で指環に呪いをかける場面での憎々し気な声と表情、登場人物になりきっているように感じられた。ラジライネンのヴォータンは少し期待はずれ。大きな崩れはないのだが、声の力が落ちてきている。翌日マチネーで同じ役を歌うため、少しセーブしていたのかもしれない。代役の二人は立派なもの。特に歌う場面の多い西村は大健闘といってよいだろう。巨人族との約束をはたす方法についてヴォータンから問い詰められても、受け流すように歌い、演ずる。最後に神々と決別するところの演技、歌の表情、皮肉たっぷりという様子がおかしいくらい。女性歌手の聞かせどころは多くはないが、物語の急転のきっかけとなるエルダを歌った池田香織、ヴォータンに妹フライアの解放を迫るフリッカのパーシキヴィは安定した歌であった。

定期演奏会で残りの三作を取り上げることは、上演時間が長いためむずかしいだろう。特別演奏会といった形ででも上演が続けられることを期待したい。