アンジェラ・ヒューイット『THE BACH ODYSSEY』|藤原聡   

アンジェラ・ヒューイット『THE BACH ODYSSEY』

《ODYSSEY 1》2017年5月29日 紀尾井ホール
《ODYSSEY 2》2017年5月30日 紀尾井ホール
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)(撮影:5/30公演)

<曲目>
《ODYSSEY 1》
以下、全てJ.S.バッハ
幻想曲 ハ短調 BWV906
イタリア風のアリアと変奏 BWV989
3声のインヴェンション(シンフォニア)(15曲) BWV787-801
カプリッチョ 変ロ長調『最愛の兄の旅立ちにあたって』 BWV992
カプリッチョ ホ長調 『ヨハン・クリストフ・バッハをたたえて』 BWV992
幻想曲とフーガ イ短調 BWV904

《ODYSSEY 2》
フランス組曲 第1番 ニ短調 BWV812
同 第2番 ハ短調 BWV813
同 第4番 変ホ長調 BWV815
同 第6番 ホ長調 BWV817
同 第3番 ロ短調 BWV814
同 第5番 ト長調 BWV816

 

ヒューイットが2016年から開始した『BACH ODYSSEY』。これは、今後4年間に渡ってバッハの鍵盤曲全てをロンドン、ニューヨーク、オタワ、東京、フィレンツェの各都市で各々12回公演で完奏する企画である。日本での第1弾は今回の2回公演であり、その内容は大変に充実したものであった(ODYSSEY3と4の公演は9月)。

ヒューイットのバッハ演奏の全体に言えることは、その演奏の明晰さと端正さだと思う。「個性」の名の下に行なわれるような恣意的な表情付けやロマンティックな耽溺もない。非常に明快なアーティキュレーションと複数の声部の弾き分けが見事で、旋律の歌わせ方も自然でリズミカル。当夜用いられたファツィオーリのピアノの明るい音色がそのような演奏の特徴をより生かしている。現代ピアノでバッハを弾くに最適な要素がヒューイットの演奏には全て備わっているのではないか。

ODYSSEY1では休憩を挟んで演奏された『インヴェンションとシンフォニア』が特に素晴らしい。録音に聴く演奏は20年以上前のものだが、ここでのヒューイットの演奏はより上手さが増している。録音で明晰に聴こえる声部の弾き分けが実演でも同様に聴こえるのには驚くが、フレーズの繋がりにより柔軟性と有機性とでも形容すべきものが表れており、単に機械的に正確なだけではない「香り」がある。これに比べれば録音での演奏がやや四角四面にすら聴こえてしまうのだ。個人的には、ピアノで聴いたこの曲のベストと言って差し支えない演奏である。

ODYSSEY2はフランス組曲全曲。これもピアノで聴いたこの曲の最高の演奏の1つ。特に最後に演奏された第5番の輝かしさ。全曲に渡って舞曲のリズムを明確に意識しながらも節度ある落ち着きを見せ、これがこの典雅な曲集の演奏にいかにも相応しいが、各曲共にサラバンドの美しさは落涙もの。

ちなみにアンコールとしてODYSSEY1では『ゴルトベルク変奏曲』のアリア、2ではラモーの『タンブーラン』が演奏された。なぜラモー? ヒューイット自身がステージから述べたように、「舞踊音楽が得意でバッハがインスパイアされた」ため。この『タンブーラン』がまた飛び切り楽しい名演奏であった。次回は『パルティータ』全曲がプログラムに入っている。これもまた稀有な演奏となることだろう。