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神奈川県民ホール オペラシリーズ2017「魔笛」|谷口昭弘   

神奈川県民ホール オペラシリーズ2017「魔笛」
W.A. モーツァルト作曲魔笛

2017319 神奈川県民ホール
Reviewed by 谷口昭弘(Akihiro Taniguchi)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi

<演奏>
指揮:川瀬賢太郎
演出・装置・照明・衣裳:勅使川原三郎

ザラストロ:清水那由太
夜の女王:高橋維
タミーノ:金山京介
パミーナ:幸田浩子
パパゲーノ:宮本益光
パパゲーナ:醍醐園佳
侍女Ⅰ:北原瑠美
侍女Ⅱ:磯地美樹
侍女Ⅲ:石井藍
弁者&神官Ⅰ:小森輝彦
モノスタトス:青栁素晴
神官Ⅱ:升島唯博

武士Ⅰ:渡邉公威
武士Ⅱ:加藤宏隆

ダンス&ナレーション:佐東利穂子
ダンス:東京バレエ団
合唱:二期会合唱団
管弦楽:神奈川フィルハーモニー管弦楽団

 

まずはプロダクションのあり方に興味をそそられた。《魔笛》のようなジングシュピールというとドイツ語のセリフとアリアで進めていくものだと思うのだが、この公演では登場人物のセリフはなく、代わりにダンサーでもある佐東利恵子が日本語の語りで進めていく(歌はドイツ語)。登場人物のセリフもその語りの中に織り込まれる形になっており、オペラに初めて触れる聴衆にとっては、分かりやすく、かつ音楽に集中して聴取できそうだ。ただもちろん、本来のジングシュピールの形を知る聴衆にとっては、例えばパパゲーノのセリフの妙技を楽しみたいと思うだろうし、せめて日本語であればセリフであっても良いのではないかと思うかもしれない。

舞台に登場するのは、10個ほどの、大小様々な大きさの金属製リング。上下左右、そして角度も自在に動き、舞台上の空間を形作る。第2幕の冒頭では不思議と荘厳で宗教的なザラストロたちの場ができたり、その他の場面でも、並べ方によっては遠近法による奥へとつながる空間になったり、何かを象徴したり、ときおり無機質に見えたりもする。

衣装の方も興味深い。通常明るい色彩の鳥のような出で立ちで登場するパパゲーノは、今回白い羽毛。まるで白鳥のよう。一方で夜の女王や侍女たちは黒色で対照的だ。こういった色彩の選択は人物の性格的コントラストになるだけでなく、舞台をモダンでモノトーンな色合いへと導いているかのようだ。そのためか、あまり奇抜な衣装でない赤の衣装のタミーノが、かえって強いインパクトを残すことになる。

その他の登場人物たちの造形もユニークだ。巨大な両手を体の脇からひょいと出すモノスタトス、よちよち歩きの3人の童子、そしてザラストロに仕える僧たちは、まるで徳利のような形。ただ、見慣れてくると、不思議とこの独特の世界観に違和感なく親しめる。架空世界に繰り広げられる象徴的ファンタジーということなのだろうか。

また今回は歌手のほかにダンサーが登場し、全編をとおしてアリアやアンサンブル・ナンバーを彩っていく。効果的だったのは、冒頭の大蛇の場面で、リアリスティックな蛇よりも、象徴的に身体でダイナミックに表現する面白さがあった。
ただその後の多くのアリアにもダンスが使われていたが、アリアが歌うメッセージとどのような関係があるのか(あるいはないのか)が分かりにくかった印象が残った。
また物語の筋を一旦とめて歌い手に集中するというのがアリアだとすると、それを期待して歌に没頭したい聴衆の歌手への注意が削がれてしまう難しさもあった。
動きによって作られるテンポ感と歌のテンポ感の違いもこれに追加して感じられるが、しかしそれは、簡素な舞台に何らかの意味を与えていくという意味もあるのだし、ダンスの存在を完全に否定することもできない。
むしろ、このプロダクションの斬新さは、リングの細やかな動きとダンサーの存在にあるといっても良いのではないか。

さて音楽の方に言及するのが最後になってしまったが、存在感があったのが宮本益光のパパゲーノだろう。神奈川県民ホールでは毎年ファンタスティック・ガラコンサートにおける軽妙な司会で親しまれている宮本のキャラクターがパパゲーノにぴったりで、場が和んでいた。タミーノの金山京介は丁寧に声を当てながら、その中に若く燃えたぎる一途な心を表現していった。高橋維は「夜の女王のアリア」でコロラトゥーラの美しさを聴かせたし(怒りの沸騰を表すが故にあっという間に終わってしまう曲なのだということを改めて思い知った)、ザラストロの清水那由太は、太く力のある声で、ザラストロを大きな動かぬ石のような、そして神々しい存在にした。コーラスがプロのメンバーによる二期会合唱団だったことも、このオペラの精神的な奥深さを堪能する上ではプラスだった。

そしてなんといってもすっきりとした響きと軽妙な音運びを神奈フィルから引き出す指揮者の川瀬賢太郎は、繊細なドラマにも対応しており、今後彼のコンサートに行くのがますます楽しみになった。
全体としては賛否両論ありそうなプロダクションではあるが(演出の勅使川原にはブーイングもあった)、いろんな客層に様々に異なった《魔笛》の魅力を再発見させた公演ではなかっただろうか。