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ウィーン便り|ウィーンの日本庭園(2):世田谷公園|佐野旭司   

ウィーンの日本庭園(2):世田谷公園

text & photos by 佐野旭司(Akitsugu Sano

3月の後半には東京芸術大学で国際音楽学会の大会が開かれ、その事務局員を務めている関係で10日間ほど帰国していた。この頃の東京は思ったよりも寒く、上野公園の桜もまだほとんど咲いていなかった。
そして一時帰国を終えてウィーンに戻ると、すっかり春らしい陽気になっていた。こちらでは秋から冬にかけては日が短く天気も良くないことが多いため、どんよりと暗い日が続く。ところが春分の日を過ぎると日本よりも日が長くなり、しかも連日快晴になる。そして3月26日からは夏時間に切り替わる。ちなみに日本から戻ってきたのが3月25日だったので、家についてわずか数時間で冬時間から夏時間になってしまった。夏時間に入ると日の出と日の入りが1時間後ろにずれるため、この時期だと夜は8時近くなるまで完全には暗くならない。(この調子で日が長くなると、夏至の頃は9時過ぎまで明るいのだろうか…)
3月末になると桜も咲き、Schottentorの駅前やその近くにあるSiegmund Freud Parkでは満開だった。もしかしたら今年は、桜の開花は東京よりもウィーンの方が早かったのかもしれない。ともあれ私はウィーンでも桜が咲くのを初めて知った。こちらに来たのが去年の秋からだったので、このあたりに桜の木が何本もあることには気がつかなかった。ただ日本のような大規模な桜並木はなく、上野公園や目黒川などのように桜を見物する人で混雑するということもなかった。まして木の下で花見をする人もウィーンでは見たことがない。
ウィーン市内の公園でも花が咲き始め、散歩などをするのに良い季節となる。市内にはVolksgartenやヨハン・シュトラウスの像でおなじみのStadtparkをはじめ、有名な公園や庭園がいくつもある。前回書いたシェーンブルン宮殿の庭園も代表的な名所の1つだ。

そんな中、先月の終わりに中心地から離れた19区にある公園に行ってみた。その名前はなんと、世田谷公園Setagaya Parkという。ドイツ語の発音だと「ゼータガヤ・パーク」だろうか。世田谷公園とはもともと日本の、その名の通り東京都世田谷区にある公園だが、なぜ同名の公園がウィーンにもあるのか。1枚目の写真(公園入り口の立て札)にあるように、ウィーンの19区(デプリングDöbling区)と東京都世田谷区は姉妹都市の関係にあり、その記念のために作られたらしい。
東京の世田谷公園といえば都内でも比較的大きな公園で、テレビドラマなどの撮影地にもなっていることでも有名である。しかも私の実家から近いところにあり、日本にいた時は気軽に立ち寄っていた。公園の中心には大きな六角形の噴水広場があり、少し離れたところには小さなSLも走っていて、ほかにもテニスコート、洋弓場、野球のグラウンドなどもある。
ウィーンの世田谷公園もこれを真似て作ったのかと思えば、中の様子はまったく違う。公園の大きさは東京の世田谷公園の半分くらいで、しかもはるかに日本的な雰囲気である。
まず公園に入ると、真正面に大きな茶室と思しき建物がある。中に入ることはできないが、外観は簡素で、しかも下の方には躙り口と思われる窓もあり、いかにもそれらしい作りになっている。そしてこの茶室の前には大きな池がある。この公園の端には湧水(自然のものか人工のものかは分からない)があり、そこから川のような細く曲がりくねった水路を敷いて、この茶室のところにある池に流れ込む形になっている。またその川の途中には小さな滝や鹿威しもあり、いかにも日本的な雰囲気を作り出している。そしてこの川に沿って歩いていくと辺りには桜や松の木があるが、ちょうどこの時期は桜が見ごろで多くの人で賑わっていた。さらに奥には四阿(あずまや)もあり(写真3枚目)、天気が良いので中でくつろいでいる人もいた。
前回紹介したシェーンブルン宮殿の日本庭園は、宮殿の造園係がイギリスの博覧会で見た日本庭園を真似て作ったものだが、この世田谷公園の作庭は日本人の造園家によるものだそうだ。

ところでこの公園の中で気になるものを見つけた。オーストリア人の音楽家の名前が石に刻まれているのである(写真4枚目)。
このヨーゼフ・ラスカJoseph Laska(1886-1964)という音楽家、決して有名ではないが日本とも関わりの深い人である。リンツ出身でチェコやルーマニアで指揮者を務め、ロシアのウラジオストクの音楽学校で作曲を教えたのち、1923~35年には日本に渡って神戸や宝塚で活動した。この頃には「宝塚交響楽団」を創設し、ハイドンやモーツァルト、ベートーヴェン、ブルックナーなどを演奏していたという。また《日本組曲》というオーケストラ曲をはじめ、日本を題材とした曲も作っている。このヨーゼフ・ラスカについては日本でも根岸一美氏が研究していて著書も出ているので、私も機会があったら勉強してみたい。
なぜこの音楽家の名前を書いた石がこの公園にあるのかは分からないが、それはともかく日本庭園を見物に来ただけのつもりが、この公園の中でオーストリアと日本の音楽上のつながりまで見ることができるとは思ってもみなかった。

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佐野旭司 (Akitsugu  Sano)
東京都出身。青山学院大学文学部卒業、東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程および博士後期課程修了。博士(音楽学)。マーラー、シェーンベルクを中心に世紀転換期ウィーンの音楽の研究を行う。
東京藝術大学音楽学部教育研究助手、同非常勤講師を務め、現在東京藝術大学専門研究員およびオーストリア政府奨学生としてウィーンに留学中。