郷古廉ヴァイオリン・リサイタル|丘山万里子

25回ワンダフルoneアワー
郷古ヴァイオリン・リサイタル

2017年1月17  昼公演 Hakuju Hall
Reviewed by 丘山万里子(Mariko Okayama
写真提供:Hakuju Hall

<演奏>
郷古廉 vl
加藤洋之pf

<曲目>
バルトーク:ヴァイオリン・ソナタ第2番 Sz.76
     ヴァイオリン・ソナタ第1番 Sz.75

 

バルトークのこういう作品を弾くには、けもののような嗅覚と動体視力が必要だ、と私は思う。
一方で、物静かで、深い、瞑想みたいなのも。
若い郷古の演奏には、この両者が、間違いなくあった。

1993年生まれ、13歳でメニューイン青少年国際コンクールジュニア部門で史上最年少優勝。2013年ティボール・ヴァルガシオン国際ヴァイオリン・コンクール優勝ならびに聴衆賞・現代曲賞を受賞。16歳からウィーンで研鑽を積んでいる。

バルトークが民俗的要素を抑え、ほとんど無調の、鋼のように鋭利な音響世界を組み立てた2つの『ヴァイオリン・ソナタ』を並べた1時間。
後に弾いた『第1番』が、特に凄まじく、バルトークの音楽の異常なまでの振れ幅に、一切の逡巡を見せず食らいつき、瞬時たりとも手放さないその集中力たるや、これこそ桁外れの音楽動体視力のなせる技である。
冒頭、キラキラと泡立つピアノの前奏に斬れ込んでゆく音の航跡のスパリとした切っ先、かつ流れのしなやかなこと。変化に富むフレーズを丹念に読み込み、1音も揺るがせにしない。だから音楽がどんなに激しくあちこち揺れても崩れず、大小の起伏をグイグイと乗り越えてゆく。
私はなぜかその筆使いに、エゴン・シーレを思い出した。迷いが皆無のくっきりしたラインとタッチ。
ヴァイオリン・ソロから始まるアダージョは、ピアノとあいまって、まるでドビュッシーを思わせる色彩感だ。控えめに、けれどたっぷりと歌われる旋律に宿る静かな瞑目の表情。
こういう時、郷古はスッとほてりを醒まし、月光が樹下に落とす翳りみたいにほのかな美音で弓を滑らせる。
アレグロは、驀進部分に突入する前にちらとピアノを見やった視線の鋭さにゾクッとしてしまった。それくらい緊迫力が半端でない。それにピアノの動きに身を揺らしながら、自分の音を乗せて行く、ここぞの地点を睨み、はっしと捕まえに行くその、やっぱり「けもの」のような研ぎ澄まされた感覚。尋常でない。
しかもどんな強音も実に見事に鳴って、割れることがない。
ストラディヴァリもここまで弾きこなされれば満足だろう。
猛然たるバルトークであった。大拍手。

先に弾かれた『第2番』は、ちょっとピアノが出過ぎで(別に郷古が鳴らさないのではなく、音楽のバランスの問題)、どうかな、と思ううち終わってしまった。

でも『第1番』は両者言うことなし。
大型鬼才登場!を祝福したい。
弾き終えた後の挨拶で浮かべたちょっと不敵な笑みがまた、大物感。