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ウィーン便り|立見席|佐野旭司

立見席 

text & photo by佐野旭司(Akitsugu Sano) 

ウィーンでは多くのコンサートホールや歌劇場で立見席(Steheplatz)が設置されている。これは日本のクラシック音楽の演奏会場ではあまり見ることができない。
そのメリットはなんといっても値段が安いことである。座席ならば何十ユーロも(公演によっては高い席では100ユーロ以上も)かかるところを、多くの場合10ユーロ以内で入ることができる。
世界の一流の演奏を高くても1000円程度で観ることができるのは(特に自分のように奨学金で生活している者にとっては)ありがたいことだ。ただ、1月のウィーンフィルのニューイヤーコンサートだけは例外で、300ユーロもかかった。まあもっとも、ウィーンフィルによる伝統ある演奏会で、しかも世界的にも超有名な(日本でも毎年NHKで生中継をしている)演奏会なので、仕方ないとは思うが…。
特に安いのは国立歌劇場(Staatsoper)とフォルクスオーパー(Volksoper)で、わずか3ユーロ(日本円にして300~400円)で公演を観ることができる。これは日本ではまずできない経験である。しかもずっと立ちっぱなしでいなければならないわけではなく、足が疲れたら座りこむこともできる。安い値段で鑑賞できる上にこのような自由さもまた非常に魅力的である。
一口に立見席といっても、チケットの買い方から席の取り方、内部の様子まで、ホールによって様々である。
Staatsoperとアン・デア・ウィーン(An der Wien)ではチケットを事前に予約することはできず、当日所定の売り場で買うことになる。
Staatsoperの立見席はウィーンのホールの中でおそらく最も規模が大きい(まあ歌劇場全体の規模の大きさを考えれば当然かもしれないが)。しかしここでは毎回必ず長蛇の列ができる。チケットの売り場は歌劇場の正面から見て左側にある。Operngasseという通りに面した場所に入口があり、その奥でチケットを買うことになるが、チケットを買うには長時間待たされることが多い。自分は大体いつも開演の2時間前くらいに着くようにしているが、多くの場合建物の外で並んで待っている。しかもこの長蛇の列は、人気のある公演だと建物の裏(ホテルザッハーの向かいあたり)まで続いている。チケットの売り出しは開演1時間15分前から始まるので、私の場合最低でも30分以上は待つことになる。今の季節だとウィーンでは氷点下になることも珍しくなく、その中で屋外で待っているのはさすがに辛い時もある。
An der Wienも同じように立見席のチケットを買うには当日売り場の前で待たなければならない。しかしStaatsoperと比べて席のスペースがはるかに狭く観客も少ないため長蛇の列になることはない。開演の2時間くらい前に行っても先客は5,6人程度(多くても10数人程度)で、建物の外にまで行列ができるのは見たことがない。
立見席のチケットの場合どこのホールも座席とは違って場所の指定がないので、良い位置で観られるかどうかは早い者勝ちで決まる。立ち見のスペースでは観客が横並びで、2,3列くらいに整列し、しかも各列には手摺がついており、自分の持ち物(マフラーやスカーフなど)でそこに目印をつけて場所を確保する。
ただ楽友協会(Musikverein)の場合は手摺が最前列にしかなく、しかもここでは目印をつけて場所取りをしている人も見たことがない。ここの立見席は他のホールとは形状が違い、観客が横並び状態で整列することはなく、比較的自由に立っているが、最前列か2列目くらいでないと舞台はほとんど見えない。もっとも値段が安く(通常だと日本円にして1000円以内)、しかもここでの演奏会はオペラやバレエではなくオーケストラ等なので、生演奏で音が聴けるだけでも自分にとっては十分満足ではあるが。余談になるが、ニューイヤーコンサートの時はただでさえも大勢の人が入っているうえに、テレビ中継のカメラも設置してあり、いつもよりも格段に狭く感じられた。
An der Wienの場合は他のホールよりも立見席のスペースがはるかに小さい。最上階の両脇のスペースに左右それぞれ10数人入れる程度である。この劇場に初めて来たのは去年の12月に《ドン・ジョヴァンニ》の公演を観たときだが、そこでは思わぬ発見があった。演奏中に客席の側を向いてみたら2階席か3階席あたりに数か所モニターが設置してあるのを見つけた。よく見るとそこには指揮者が映っており、舞台上の出演者が指揮を見るためのものだった。ここの立見席は舞台があまりよく見えないが、代わりに出演者の目線から歌劇場を見ることができるという経験ができた。

チケットを買うために長時間待たなければならず、また混んでいるときは舞台が見づらいといったデメリットはあるが、値段が安いうえに自由で、しかも普通の座席とは違った角度から上演を見ることができるというのは立見席ならではの魅力ではないだろうか。

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佐野旭司 (Akitsugu Sano)
東京都出身。青山学院大学文学部卒業、東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程および博士後期課程修了。博士(音楽学)。マーラー、シェーンベルクを中心に世紀転換期ウィーンの音楽の研究を行う。
東京藝術大学音楽学部教育研究助手、同非常勤講師を務め、現在東京藝術大学専門研究員およびオーストリア政府奨学生としてウィーンに留学中。