五線紙のパンセ|その3)うまい水とベートーヴェン|川島素晴   

その3)うまい水とベートーヴェン 

text by 川島素晴(Motoharu Kawashima) 

自宅のある東大和市駅や勤務先の大学がある玉川上水駅は、西武拝島線の沿線であり、その終点拝島駅はJR青梅線と接続するため時折使うことがある。もう一つの勤務地である川越に出るのに八高線(とても本数が少ない)を用いるという奥の手があり、うまく乗り継げば便利なのだが、失敗すれば拝島駅構内で多くの時間を潰さねばならなくなる。そのようなとき、駅ナカの蕎麦屋でズルッと天玉蕎麦を啜るのは、(元来は手打ち蕎麦にうるさい私であっても)やはり至福のひとときである。そうやって入った拝島駅の蕎麦屋で驚いたのは、他愛もないセルフサービスの機械から注いだ水のうまさである。この手の店の提供するそのような水で、うまいと感じたことがなかった私にとって、これは衝撃的なことだった。
拝島駅のある昭島市は、東京都で唯一、地下水100%による水道を実現している。その後、意識的に昭島市の飲食店や、昔ながらの和菓子店などを食べ歩いてみて気付くのは、この地の水のうまさを求めて、本当のプロフェッショナル、そして誠実に健康的な食を提供する意識を持った職人が集っている(あるいはこの地を離れずにいる)ということである。金をかけてウォーターサーバーを置いている高級店でも、決してこのような味は出せない。どのようなランクの飲食店でも水が圧倒的にうまく、毎日口にし体に浴びる水が恒常的に良質である昭島市民が羨ましいが、一方で、地下水100%の水道として全国的に有名な熊本市は、震災の影響で水源が濁る事態に陥ったわけで、昔ながらの方式は、かけがえのない価値と引き換えに脆弱さをはらんでもいる。だからこそ現代人は、便利さや安定的供給の方を選んできたのだろう。しかし、それらと引き換えに、様々なものを失ってもいる。

バーニー・クラウスによる『野生のオーケストラが聴こえる―サウンドスケープ生態学と音楽の起源』(伊達淳訳)を読むと、元来、地球が奏でてきたシンフォニーを、次々にノイズで埋め尽くしていく人類の愚かさに気付かされる。国立音楽大学附属図書館が行っていた、教員による毎月の推薦図書企画「今月の栞」を私が担当したときに本書を推薦図書として取り上げたので、詳しくはそちらを参照して頂きたい。著者が録音した65種類の音源を本書の番号に照らしてホームページ上で聴けるようにもなっており、専門的な内容も含まれる大著だが、誰でも平易に読み進めることができる。我々が文明と引き換えに失ってしまった音の数々に、愕然とするはずである。
平均律の普及とモダン楽器によるオーケストラの確立も、多くの得るものと引き換えに、失ったものの大きい一例であろう。例えばベートーヴェンのピアノ協奏曲を、当時と同じモデルのピアノで、当時の楽器を模したオーケストラで演奏するピリオド演奏に聴き慣れてしまうと、ベートーヴェンのスコアをそのまま現代のピアノとオーケストラで上演することには、違和感を感じるようになってしまう。
そのような実感を強めていた折に、私がプログラムアドバイザーを務めているいずみシンフォニエッタ大阪の定期演奏会で、ベートーヴェンの特集演奏会を行うこととなった。近現代音楽を主たるレパートリーとする当団体にとって、ベートーヴェンはどちらかというと避けて通ってきた作曲家であるが、今回は、様々な切り口でベートーヴェンと向き合うことになる。《大フーガ》弦楽合奏版の編曲(原曲に忠実ではあるが、単にコントラバスを加筆する作業には終始しない、かなり大胆な「編曲」を含む)を担当した私にとって、先の年末は、ベートーヴェン晩年の音楽を奏で続けている日本の様子をよそに、もう一つの晩年の傑作にとことん向き合う年末であった。
そして年始は引き続き、《皇帝》の室内管弦楽版編曲をも担当したのだが、ところで、本作を原曲通りのスコアで演奏しないことは邪道であろうか? それを邪道と考える向きに問いたいのは、であるならば、実質的な「編曲」であるとすら言えるモダンオーケストラでの上演は全否定すべきか、ということである。潔癖なピリオド主義者でなければそうは言わないはずだが、しかし、ベートーヴェンの想定した響きでないモダン楽器による演奏は、私から見れば、むしろベートーヴェンの想定した響きではない時点で既にある種の邪道なのであり、それをいかにベートーヴェンが想定したバランスに引き寄せるかに腐心するなら、異なる編成によってリライトすることは、作品が求める適正な響きに近づけることに他ならず、むしろ、ベートーヴェンを崩すのではなく、真の意味でのリスペクトを捧げる行為なのである。ベートーヴェンがもしも現代のピアノで書いたなら、そして、現代の室内管弦楽でそれに伴奏を添えたならどう書いたであろうか。私の作業は、そのことの想像を遂行することに徹したものである。これは当然、あくまでも推察なので、考証ではあり得ず、妄想にすぎない。しかし、当時のピアノと現代のピアノとのアコースティックの差異に真摯に耳を傾け、そのスペクトルの相違から派生する、同時に奏でられるべき響きの微調整を検証するなら、自ずと正解が導かれるのであり、それこそが、今日奏でられるべきベートーヴェンなのではあるまいか。

進歩と引き換えに失ったものが大きいと、嘆いてばかりいても仕方がない。太古の地球が奏でたシンフォニーは復元できずとも、我々は、新しい美を見出すことができる。現代社会を生きることと、地球と共存する(大地の上に生活していると意識する)ことのバランス感覚を保ちつつ、現代を彩る美を探ること。水の質の違いに注意を払う感覚を忘れないことは、そのように生きるための大前提である。
私にとってのオリジナル最新作は、1月20日に両国で初演される、箏とトロンボーンのための二重奏曲《コトロン》である。箏とトロンボーンという特殊な編成は、前作、《ギュムノパイディア/裸の若者たちによる祭典》における洋の東西楽器を対比する発想の延長とも言えるが、ここでのアプローチは前作とは異なるものであるし、そもそもこの編成は、たまたま今年度の「ワークショップ」という授業で招いた講師2名という、全くの偶然の所産である。前作については、この連載コラムの第2回に書いた通り、異文化の相互作用がテーマであったが、ここでは、トロンボーンの4つのポジション(B♭管第I、第V、F管第I、第IV)上に鳴る自然倍音列に二十五絃箏の調絃を合わせ、2楽器を完全に融和する新たな楽器として再構築することを試みた。ここで奏でる音楽は、純粋にこれらの楽器の最も自然な構造そのものに向き合って導かれたものであり、音楽的イディオムであるとか、作曲技法であるといったことにはあまり意識は向かわないまま、虚心坦懐にこの新しい楽器「コトロン」によって「遊び」を試行したものである。2月17日にバンコクで初演されるピアノ、ギターとマンドリンのための三重奏曲《ピタリン / Pi-tar-lin》もまた、このような方向性の作品である。
自然体(そこには「自然と一体」も含意される)であり、且つ、今を生きる新しい美の可能性を探ること。これは、作曲家としてのみならず、一つの小さな人生の歩き方としての、指針でもある。

★公演情報
2017年1月20日(金)19時 両国門天ホール
「村田厚生&吉葉景子 ジョイント・リサイタル 〜トロンボーンと箏による新作展」
川島素晴:コトロン(2017/初演)他
https://www.facebook.com/events/1706381376339779/

2017年1月21日(土)19時半、22日(日)14時 TWS本郷
いまいけぷろじぇくと「今村俊博×池田 萠 第5回パフォーマンス・デュオ公演 音楽のバウンダリー」
-OPEN SITE 2016-2017 Project A <公募プログラム>
川島素晴:HACTION MUSIC Ⅱ(2015/第2回公演委嘱作品・再演)他
http://www.tokyo-ws.org/archive/2016/09/os-a07.shtml

2017年2月11日(土・祝)16時 大阪 いずみホール
「いずみシンフォニエッタ大阪 第38回定期演奏会 ~満喫!楽聖ベートーヴェン」
シュネーベル:ベートーヴェン・シンフォニー(1985)
ベートーヴェン:大フーガ 変ロ長調 op.133 【弦楽合奏版・川島素晴編曲】
西村 朗:ベートーヴェンの8つの交響曲による小交響曲(2007)
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第5番 op.73 《皇帝》 【いずみシンフォニエッタ大阪版・川島素晴編曲】
http://www.izumihall.jp/schedule/concert.html?cid=1138
(川島素晴:いずみシンフォニエッタ大阪プログラムアドバイザー)

2017年2月17日(金)19時 バンコク ヤマハホール
「望月豪 マンドリン・リサイタル」
川島素晴: ピタリン/Pi-tar-lin(2017/委嘱作品・初演)

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川島素晴(Motoharu Kawashima)
1972年東京生れ。東京芸術大学および同大学院修了。1992年秋吉台国際作曲賞、1996年ダルムシュタット・クラーニヒシュタイン音楽賞、1997年芥川作曲賞、2009年中島健蔵音楽賞、2017年一柳慧コンテンポラリー賞等を受賞。1999年ハノーファービエンナーレ、2006年ニューヨーク「Music From Japan」等、作品は国内外で演奏されている。1994年以来「そもそも音楽とは『音』の連接である前に『演奏行為』の連接である」との観点から「演じる音楽(Action Music)」を基本コンセプトとして作曲活動を展開。自作の演奏を中心に、指揮やパフォーマンス等の演奏活動も行う。いずみシンフォニエッタ大阪プログラムアドバイザー等、現代音楽の企画・解説に数多く携わり、2016年9月にはテレビ朝日「タモリ倶楽部」の現代音楽特集にて解説者として登壇、タモリとシュネーベル作品で共演した。また執筆活動も多く、自作論、現代音楽、新ウィーン楽派、トリスタン和音等、多岐にわたる論考のほか、曲目解説、コラム、エッセイ等も多数発表している。日本作曲家協議会理事。国立音楽大学准教授、東京音楽大学および尚美学園大学講師。
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