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ユリアンナ・アヴデーエワ・プロジェクト2016 [第1回]リサイタル |藤原聡 

%e3%82%a2%e3%83%b4%e3%83%87%e3%83%bc%e3%82%a8%e3%83%afユリアンナ・アヴデーエワ・プロジェクト2016 [第1回] リサイタル

2016年10月28日 すみだトリフォニーホール
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 星ひかる/写真提供:すみだトリフォニーホール

<曲目>
J.S.バッハ:イギリス組曲第2番 イ短調 BWV807
ショパン:バラード第2番 ヘ長調 作品38
同:4つのマズルカ 作品7
同:ポロネーズ第6番 変イ長調 作品53『英雄』
リスト:悲しみのゴンドラ
同:凶星!
同:リヒャルト・ワーグナー-ヴェネツィア
同:ピアノ・ソナタ ロ短調
(アンコール)
ショパン:夜想曲第20番『遺作』
リスト:『リゴレット』の主題による演奏会用パラフレーズ
ショパン:ワルツ作品34‐1

もはや「2010年のショパン・コンクール覇者」などという枕詞も不要だろう。アヴデーエワが弾くピアノからは、力みとは無縁の、型にはまらぬ軽やかでしなやかな音楽が常に聴こえてくるが、それでいてここぞという場面では女性ピアニストとは思えないような強靭さをも発揮する。こういう自在さが刻苦の果てに獲得された特質として聴こえてくるのではなく、いかにも天性の資質であるかのように感じさせてしまうのがアウデーエワの凄みだろう(むろん刻苦がないわけはないのだが)。この日の多様なプログラムはそういう彼女の才能を味わうに最適だと思われる(尚、11月6日の[第2回]協奏曲にも伺う予定であったが筆者側の事情により急遽聴けなくなってしまった。残念)。

スタイリッシュなスーツで登場したアヴデーエワが弾く前半1曲目はバッハだが、これがまず素晴らしい。そりゃあ悪い訳はないと予想してはいたが、それと比較しての相対的な良い悪いではなく「絶対的な意味で」良い。タッチは適度に濡れ、適度にクリア。繊細なニュアンスの明滅が美しい。フレージングの工夫による対位法の綾の表出もまた巧みであり、リズムは「柔軟なインテンポ」で常に細やかな変化に富む。確かにバロックとは関係ない。しかし最高。

以降の前半曲は全てショパン、その1曲目は『バラード第2番』。その演奏はベタつかない引き締まったタッチにより、一見素っ気ない位に速めのテンポで歌わせて行くもの。それゆえ、中間部の爆発とのコントラストがやや弱まった感はある。情緒纏綿という演奏では全くないが、その中での控えめなロマンティシズムは逆に新鮮な感動を与える。次のマズルカでは自在なリズムの遊びと歌を感じさせて秀逸。このような小品では遊ばないと面白みがない。最後の『英雄』はストレートな解釈で、ことさらに勇壮さを演出したりはしないがそのスケールは雄大そのもの。バッハよりもショパンにおいて会場が沸いていたけれども、ピアニストは後半のためにパワーを若干温存していた感もある。

むしろ筆者が期待していたのは後半のオール・リストであり、最初の3曲は作曲者晩年の無調的な3作品。これらの曲ではより沈滞した表現が欲しくなってしまったのは筆者だけだろうか。自然体なのは良いのだが、楽曲の特異さの印象は薄れている。音色にも今1つの厳しさが欲しいところである。むろん、十分に高水準の演奏であるのは当たり前、として。だが、最後の『ロ短調ソナタ』こそはバッハと並んで当夜一番の聴き物。幾重にも入れ子状になった、肥大したソナタ形式の化け物であるこの曲をここまでスタイリッシュに「料理」した例はなかなか聴けないのではないか。引き締まったテンポにより各部分の見通しはこの上なく良くなり、決して「迷子」にならない。打鍵はあくまでクリアであり、最高の透明さを保った和音の響きはこの曲でともすると感じられる煩さを感じさせない。なるほどこの曲のデモーニッシュさはいささか後退したかも知れないが、必要にして十分でもある。30分間ノンストップのこの難曲をアヴデーエワは技巧とパワー面で余裕すら持って弾き通し、それ自体が驚異的であった。

アンコールは3曲。有名な夜想曲では甘美一方に流されずにダイナミックな表現を取っていたのが印象的であり、『リゴレット・パラフレーズ』ではブラヴーラな技巧それ自体が浮き立つことなく(「浮き立ってよい」類の曲なのだが)レッジェーロな気品を湛えて最高の出来であり、恐らくはこれで切り上げようとしたのだろうが観客の歓呼に答えて急遽アンコールに加えたと思われるワルツでも、かなり速めのテンポによる明るさに満ちたダイナミックな演奏だった。このワルツは元々明るい曲ではあるが、それをこのように強調した演奏もあまり聴いたことがなく、これもまたユニークであった。

全く個人的な希望としては、次回来日時にシューマンを聴いてみたいものである。『クライスレリアーナ』なら最高。

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