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エドガー・クラップ オルガン・リサイタル|佐伯ふみ   

krappエドガー・クラップ オルガン・リサイタル

20161025日 東京芸術劇場
Reviewed by 佐伯ふみFumi Saeki
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi

<演奏>
エドガー・クラップ(Org)

<曲目>
J.S.バッハ:
前奏曲とフーガ ニ長調 BWV532
トリオ・ソナタ 第5番 ハ長調 BWV529
パッサカリア ハ短調 BWV582

レーガー:
グローリア Op.59-8
ベネディクトゥス Op.59-9
テ・デウム Op.59-12
カンツォーネ Op.65-9
交響的幻想曲とフーガ Op.57「地獄」

 

バッハもさることながら、レーガーを、大曲も含めてたっぷり聴ける――それを楽しみに、いそいそと出かけた演奏会。期待にたがわず、芸劇の2つのオルガンを駆使した、生き生きとして気宇壮大な音楽を堪能できた。

エドガー・クラップ(Edgar Krapp)はミュンヘン在住のドイツのオルガニスト。1947年生まれで、フランツ・レールンドルファーとマリー=クレール・アランに学び、1971年にミュンヘン国際音楽コンクール(オルガン部門)で優勝。これまでに、フランクフルト音楽大学(名オルガニスト、ヘルムート・ヴァルヒャの後任として)、ザルツブルク・モーツァルテウム音楽大学、ミュンヘン音楽大学で後進の指導にあたってきた。来日公演もおこなっていて、1997年には札幌コンサートホールKitaraでパイプオルガンのお披露目公演を担っている。

この公演の企画者でプログラムの解説を執筆しているのが、フランクフルト音楽大学でクラップに学んだ小林英之氏(芸劇オルガニスト)。解説は簡素だが温もりのある文章で、好感がもてる。「クラップ先生」の人となりをちょっとしたエピソードで鮮やかに描きだし、曲の説明はていねいで実践的。とくに本日の呼び物、最後のレーガー『地獄』については譜例もまじえた解説で、なるほどと学ぶところが多い。クラップは当初、「芸劇の重い鍵盤でこの曲の演奏は無理」と難色を示したそうだが、改修の成果で他のオルガンと変わらなくなったからと小林氏が説得し、プログラムを当初のバッハから途中でこの曲に差し替えたとのこと。オルガンの曲や演奏は、聴衆にとってまだまだ未知の部分が多いから、こうした実践的な解説は、オルガン音楽をぐっと身近なものにしてくれる。

前半のバッハは、もう冒頭からして、キレがよく躍動的な発音、軽やかで自然体のフレージング……ぐいっと引き込まれる。他の演奏家で時折耳にする、オルガンの重低音を強調して見栄を切るような演奏とは無縁で、実に衒いのない音楽作り。しかし楽曲と堂々と対峙して、自分ならではのオリジナリティを加え、音楽に現代の息吹を吹き込んでいく。大胆で、すがすがしい。

後半のレーガーは、芸劇ならでは、モダン・オルガンに切り替えての演奏。短いけれど創意にあふれた作品が続き、興味が尽きない。音数はやはりレーガーならではの多さで、ちょっと饒舌すぎると感じるところもあるのだが、『ベネディクトゥス』や『カンツォーネ』の静謐な美しさ、歌ごころには胸を衝かれた。

大曲『地獄』は、作曲者自身が友人への手紙で「ダンテの『神曲』地獄編に刺激を受けたもの」と書いた曲(ただし、「表題音楽とすることは意に反する」とも書いている)。1902年、ベルリンの旧ガルニソン教会でカール・シュトラウベが初演している(シュトラウベはこの翌年ライプツィヒ・トーマス教会オルガニストに就任)。めったに生演奏が聴けない演奏至難の曲ということだが、クラップの演奏はそのような困難をみじんも感じさせない気宇壮大なものだった。

この演奏会で、レーガー作品に開眼した気分。また一つ、オルガン音楽を聴く楽しみが増えた……そんな気持ちで芸劇をあとにした。

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