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ウィーン・フィルハーモニー ウィーク・イン・ジャパン2016|藤原聡 

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2016年10月9日 ミューザ川崎シンフォニーホール
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 青柳聡/写真提供:ミューザ川崎シンフォニーホール

<演奏>
ズービン・メータ(指揮)ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

<曲目>
モーツァルト:『ドン・ジョヴァンニ』K527 序曲
ドビュッシー:交響詩『海』-3つの交響的スケッチ
シューベルト:交響曲第8番 ハ長調 D944『グレイト』
(アンコール)
ドヴォルザーク:スラヴ舞曲 Op.46-8

今回で33回目(!)の来日となるウィーン・フィル(VPO)。初来日は1956年だが、特に1986年からはほぼ毎年来日している。今年の指揮者はズービン・メータ。VPO来日公演の指揮者としては1996年、2009年に次いで3回目の登場となる。この指揮者はVPOとすこぶる相性が良いが、それはオケの個性を邪魔せずに上手く引き出す術を実によく心得ているためであり、彼が振るとVPOがいかにもVPO的な音を心地良さそうに奏でるのだ。2009年の来日公演を聴いている筆者は『英雄の生涯』を聴いてオケの表現力に驚嘆したことを思い出すが、当夜はトリのシューベルトで彼らの本領が十二分に発揮されることだろう―そんな期待を胸にミューザ川崎へ。

本年80歳を迎えたメータがステージへ登場。歩く速度はやや遅くなった感があるものの、至って元気な様子でまずは安心、振りも大きい。1曲目は『ドン・ジョヴァンニ』序曲。10型の対向配置でコントラバスは2本だが、冒頭からその迫力がすさまじい。但し、その迫力とは華麗な音響が外向的に放たれる分かりやすい迫力、というものではなく、弦楽器を中心とした独特のコクのある音色と重量感に由来する、腹の底にねじ込まれるような音によるものだろう。音自体の密度は仔細に聴けばさほど高いわけでもないが、恐らくは緩さが逆に質感を生んでいるのだろう。メータとウィーン・フィルであるから当然ピリオド的なアプローチへの色気を微塵も見せないのは言うまでもない。また、当夜の演奏バージョンはエンディングがいささか変わっていて、冒頭の騎士長登場の音楽が回帰したと思ったらオペラ全体の最後の音楽を演奏して終了。かつて聴いたことのない版である(プログラムにも記載なし)。

第2曲目は彼らとしては意外な曲目のドビュッシー『海』だが(16型)、これが異色の演奏であり、かつ大変に美しかった。普段VPOがやらない曲だからこそ逆にこのオケの特徴が露わとなる。音の核は中低域にグッと集積され、きらびやかな音像に代わって落ち着いた艶消しの色調が全体を支配する。ここでも合奏はいい意味で緩めであり(筆者はプラスに捉えたが、ドビュッシーでのこの緩さをどう受け止めるかは聴き手の美意識次第だろう)、これがウィーン・フィル独特のしっとりと濡れた質感を醸し出す。このボカシの聴いた独特の優雅さと気品は、最近主流となっている「それぞれのパートの動きを磨き上げ、それらの多声的な対比を明確に表出するような機能的な演奏」(この日の昼に聴いたジョナサン・ノット&東響の演奏などまさにそれだ)の対極にあるものであり、それが故に大変レアな聴き物だったと思う。VPO以外にどこのオケがこのような演奏をするだろう(メータが指揮という要素はもちろん大きいだろうが。このオケとて例えばサロネンが振ればいわゆるVPOらしさはずっと後方に消えるはずだ)。

休憩を挟んで『グレイト』。14型。メンバーがステージに現れて誰もが驚いただろうが、指揮台の周りを木管楽器の8奏者が半円形に取り囲む配置である(つまり弦楽器よりも前に彼らがいる)。客席から見て下手側からfl→ob→fg→cl。調べるとイヴァン・フィッシャーとベルリン・フィルがこの配置で同じシューベルトの『第5番』をやっていたようで、そこからアイディアを拝借したのかは定かではないが、クッキリと木管のソロが浮かび上がり楽しいことこの上ない。これは視覚的な意味合いも含めて独特の効果を上げていたと思う。(それにしても、obのお二方がしばしばニコニコしながら楽しそうに目線を合わせて体を揺らしつつ吹いているのを見るにつけ、いかにもVPOだなと感じ入る)。
演奏は、基本的に「大きくVPOの自発性に任せたもの」。これに尽きよう。メータが介入し過ぎないことでオケの地の良さが顕在化した印象である(全4楽章ともテンポの良さに感動させられたが、これはメータの見識である)。ここでのvnの艶やかさはそれまでの2曲より一層際立ち、あるいは四角四面ではないリズムの躍動もまたVPOの特質そのものだ(余談だが、終楽章のとある第1vn→第2vnのフレーズの受け渡し箇所において、メータが客席側に体をくるっと回転させながら第2vnへ指示を出した。これには聴衆が軽くウケていたが、事前に計画していたのかたまたまそうしたくなったのかは不明)。

アンコールは指揮者自身からも告げられたドヴォルザークの『スラヴ舞曲第8番』。やや鄙びた、ローカル色が滲む音作りやゆったりめの音楽運びに昔ながらのVPOの個性を再び垣間見る。

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