大井浩明 POC #27|齋藤俊夫

%e5%a4%a7%e4%ba%95大井浩明 POC[Portraits of Composers]#27
先駆者たち アルノルト・シェーンベルク特集

2016年10月10日 松涛サロン
Reviewed by 齋藤俊夫

<曲目>
アルノルト・シェーンベルク(1874-1951)
 「浄められた夜」作品第4番(1899)[M.ゲシュテールによるピアノ独奏版(2001)](日本初演)
 「室内交響曲第1番 ホ長調」作品第9番(1906)[E.シュトイアーマンによるピアノ独奏版(1922)]
(休憩)
 3つのピアノ曲 作品第11番(1909)
 6つのピアノ小品 作品第19番(1911)
 5つのピアノ曲 作品第23番(1920/23)
 ピアノ組曲 作品第25番(1921/23)
(休憩)
見澤ゆかり「Vivo estas ciam absurda」(2016)(委嘱新作・世界初演)
アルノルト・シェーンベルク
 2つのピアノ曲 作品第33a/b(1928/31)
 「室内交響曲第2番 変ホ短調」作品第38番(1906/39)[米沢典剛によるピアノ独奏版(2016)](世界初演)

現代音楽の最先端を開拓し続ける大井浩明が、前衛音楽の流れの全てを再現するというこのPortraits of Composers(POC)もこのシーズンで第6期目を迎えた。今期は「先駆者たち」というテーマで、戦後前衛の源流となった作曲家にスポットライトを当てるという趣旨である。第1回の今回はまず大本命たるシェーンベルクが取り上げられた。

しかし第1曲「浄められた夜」を聴きながら筆者の頭の中には疑問符が入り乱れてしまった。多声部書法になるとどこかの声部がまるきり潰れている、ロングトーンと速いパッセージが不連続に聴こえる、トリルに入る前と終わった瞬間に音が途切れるなど、何故かピアノがたどたどしすぎる。大井ほどのヴィルトゥオーゾに弾けない曲などこの世に存在などしないと思っていたのだが、そうではなくあまりにも編曲版が難しすぎるのか?いや、考えたくはないが、もしかしてこれはただの練習不足ではないのか?終期ロマン派の豪壮な音楽を聴きつつ疑問と不安が募っていった。

第2曲「室内交響曲第1番」でも筆者の中のモヤモヤは晴れることがなかった。和声が無調的になると途端に音楽的中心を失いカオスに陥る。シュトックハウゼンやクセナキスをあれほど見事に再現していた大井と同一人物とは思えないほど音楽の論理的把握に失敗している。「浄められた夜」も「室内交響曲第1番」もピアノ独奏版が存在すること自体奇跡的なほどの難曲であることはわかる。だが、「弾けないほどの難曲」だったのであろうか。大井の可能性はもっと上にあると信じているからこそ、鬱屈した不満が溜まっていってしまった。

しかし休憩をはさんで今回の第2部に当たるシェーンベルクピアノ作品集に入るとガラリと音楽的展望は違ったものとなった。音1つ1つの輪郭が第1部とは打って変わって明瞭である。そして音と音との関係性を捉える音楽的論理の把握も完璧、これぞシェーンベルク、これぞ大井浩明と感じ入った。どの曲も甲乙つけがたい名品・名演揃いであったが、白眉と言えるのは第2部の最後を飾った、大井の演奏の攻撃性と見事に共振した作品25の第6楽章であろう。論理的に明晰かつ攻撃的、大井浩明ときたらこう来なくてはならない。

2回めの休憩を挟んで委嘱新作の見澤ゆかり作品であるが、これは如何とも捉えがたい作品であった。ピアノの枠を叩いたり弦をスプーンでこすったりするのを延々と15分から20分ほど続けたのだが、結局何がしたいのかが最後までわからなかった。松平頼暁や中川俊郎にも何が何だかわからない作品はあるが、彼らにはやっていることについての綿密な計算があり、したがって聴き手は何かわからずともついていくことができる。しかし本作品からはそれが感じ取れず、ついていくことができなかった。

演奏会の最後を締めくくったのは「室内交響曲第2番」であるが、これは編曲があまり良くないと思えた。たしかにこの作品は終期ロマン派の、ゴテゴテに着飾った感情的な音楽ではあるものの、あまりにも編曲版が原曲のオーケストレーションをそのままピアノで再現させようとし過ぎている。また不可解だったのは右手でオクターヴの音程を平行で連打させる所が多々あったが、そのような箇所が原曲のどこをどう編曲すれば出て来るのかわからなかった。どうにも消化不良の終曲であった。

18時開演、21時20分頃終演という長い長い演奏会であった。シェーンベルクという大海をあますところなく聴き取るには今回のように編曲版をプログラムに組み込むことが必要なのかもしれないが、しかしその完成度はどうしてもピアノオリジナル曲より劣ったものとなってしまう。だが、全曲を通して聴くことにより音楽史上の革命家であるシェーンベルクの頑固なまでの保守性が浮き彫りとなった。戦後ブーレーズが「シェーンベルクは死んだ」とアジったのもむべなるかな、彼は根本的に古典主義者・伝統主義者だったのだ。無調、そして十二音技法という音楽史的革命をもたらしつつもどこまでも古典と伝統を墨守する、そのような矛盾と葛藤が今回の演奏会で明かされた、それはとても充実した音楽体験だったと言えよう。大井浩明POC、今シーズンもまた面白い音楽を期待できることは間違いない。