パリ・東京雑感|おいしい日本|松浦茂長

おいしい日本 

text by松浦茂長( Shigenaga Matsuura)

例年の通り、9月半ばに日本に帰った。半年離れていると、何でも新鮮に見えるもので、電車に乗っても周りの人をすっかり観察し終わるまでは落ち着かない。不思議なことにパリに行くと、この<新鮮>というか<珍しい>という感じがない。着いたその日から、半年前の時間につながって、同じ日常が再開される。空港からアパルトマンに着き、買い物袋を提げて八百屋に向かって歩き始めると、日本で過ごした6か月が消えてずっと前からここで暮らしているみたいに、何もかも当たり前にそこにある。これまた奇妙な感覚だ。

蓼科

蓼科

東京の自宅は掃除もしないで、すぐ蓼科の山荘に行った。雨が多いのに川の水は濁らない。日本の川はなぜこんなに澄んでいるのだろうとあらためて思う。フランスの川はセーヌもロワールも泥海みたいに濁っていて、雨が続くと巨大などぶ川と化す。田舎の小川もクレッソンが育つほど綺麗なのは例外で、大抵は濁り水だ。日本人なら、せせらぎに耳を澄まして田舎道を歩くと、雑念が消え、心が洗われるのを知っている。澄んだ流れにはすがすがしい癒しの力があるのを皆知っているが、フランスの濁流では癒し効果は期待できそうもない。

復活を告げる天使(モザ)

復活を告げる天使(モザ)

とはいえフランス人は、日本ほど清流に恵まれないだけに、澄んだ水のパワーにかえって敏感かも知れない。美しい彫刻で知られるオーベルニュのモザのロマネスク教会(12世紀)を訪ねたら、地下礼拝堂に井戸があった。水があまりに透明で、涸れ井戸にしか見えないから、教会の人が砂を落とし波紋が出来ることで水があるのに気づかせてくれた。きっとここは異教の聖地だったのだ。キリスト教は、聖なる井戸の神秘を取り込んで、わざわざその上に教会を建てたに違いない。このあたり今も良い水が出るらしく、すぐ近くのヴォルヴィクには有名なミネラルウォーターの工場がある。
毎年大勢の若者が巡礼するシャルトルのカテドラルも、地下に清冽な泉があり、かつてドルイド教の聖地だったという。目には見えない地下水脈にも魂を引き付ける不思議な力があるのだろうか。そういえば、フランス最大の聖地は1858年に湧き出たルルドの泉だ。天国のドルイド教徒たちは、きっと「私たちの信仰が正しく受け継がれた」と喜んでいることだろう。

東京に戻り、プールに行ってはっとした。「ブルキニを着てる!」。以前だって全身を覆った水着は珍しくなかったけれど、フランスで散々ブルキニ騒動のニュースを見せられた後だったので、反射的に「もしこれがフランスの海岸かプールだったら…」と想像して、ドキッとしたのだ。ブルキニというのは肌をさらしたくないイスラム教徒の女性のためにデザインされた全身を覆うおしゃれな水着のこと。ニースで革命記念日にトラックが暴走し84人が殺されたテロ事件の後、カンヌをはじめ多くの町が競ってブルキニ禁止を決めた。裸で泳いではいけないというのなら分かるが、肌を隠すと罰されるというのは分かりにくい。イスラム教徒ならずとも、女性が胸を出して日光浴する風俗に反発して、肌を隠す水着を着たくなる人がいたって良いじゃないか?
そういえば、パリの市営プールの入り口には男の水泳パンツの絵が貼ってあって、ちょっと長めのパンツにバツ印、三角形のパンツに丸がついている。東京のプールだと膝が隠れるくらいの長いパンツが幅を利かしているが、あんなのはパリのプールでは絶対許されない。女性もいま東京のプールで古典的な水着を着ているのは、老人と子供だけになってしまった。もしかしたら日本の水着は時代とともに肌を隠す方向に進み、来年あたりブルキニ風が主流になるのかもしれない。
それはともかく、西欧文化の根底に<肌を隠すのは失礼>と感じさせる何かがありはしないだろうか。そもそもギリシャの神様は裸だし、アダムとエヴァも裸だった。アダムとエヴァは罪を犯したとき始めて裸体を恥じ、隠すことを覚えたのだし、昔の絵に神様は裸、人間は着衣で描き分けられているし、ローマの皇帝をヌードにして神に仕立てた彫刻もある。つまり裸体は人間の限界を超えた高みの表現なのだ。
伝統的なエチケットによれば、夜会のドレスは大きく背中をあけるものらしい。学生時代からの友人エリザベートは熱心なカトリック信者で、17世紀文学が大好きな内気な女性だった。数年前彼女はアメリカの若いソプラノ歌手の世話役を引き受け、リサイタルを開いてやった。コルトーホールがほぼ満席の盛況で、僕は奥の席からエリザベートはどこにいるのだろうときょろきょろしていると、大胆に背中を見せた姿でにこやかに現れた。席に着くとすぐショールで背中を隠してしまったけれど、ああいう衣装を着るのはお客への敬意の表現だったのだろう。学生時代に彼女たちと仲間だったジルに「エリザベートの背中にびっくりした」と話すと「彼女はときどきそういうことをする。古風なんだよ。上流の出だからね」という解説だった。

日本に帰って真っ先に食べたいのがサンマ。ブリもサワラもフランスにはない。フランス人はタラや舌平目のような白身の魚が好きのようだ。パリの魚に不満はあっても仔牛、羊、ウサギ、アヒル、ホロホロ鳥など色んな肉があるし、値段の点でも上等のビフテキ肉が100グラム200-300円で買えるから、食生活に不満はない。
でも今回改めて思ったのは日本の野菜のおいしさだ。ナスもネギも焼いただけでおいしく食べられるけれど、フランスのはそうは行かない。ネギは太くて硬くて1時間ぐらい煮ないとおいしくならない。ナスは日本のナスの4-5倍の巨大な野菜で、僕は厚くスライスしたのをオリーブ油で炒め、その上にニンニク、パセリ、おろしチーズ、トマトを載せてオーブンで焼いて食べることにしている。キュウリも日本の5-6倍のサイズで大味だ。日本のカブはさっとゆでただけで繊細な香りを楽しめるが、あちらのは子羊肉と一緒に煮て臭みを消すのに使う。ピーマン(ポワブロン)もやたら大きいが、これは例外的に大味とは言えず、日本のより甘くて香りが良い。
フランスの雑誌に、中年の日本人がパリ郊外の小さな畑で野菜を作り、ミシュランの星付きレストランに途方もなく高い値段で売っている話が出ていた。何人かの有名シェフが彼の日本野菜に惚れ込んで、今までにない料理を創作しているのだそうだ。この男、野菜作りの名人なのだろうか?記事によると野菜作りを始めてまだ日が浅いようだし、第一、日本野菜の味を出そうとしても、フランスの土では無理じゃなかろうか、モスクワにいたとき、ダーチャ(別荘)の庭で野菜作りをしている日本出身の方から、毎週のように小松菜やホウレンソウを頂いたが、少し気の抜けた味だったのを思い出す。
しかし、そんな疑問も、東京に帰って秋ナスや大根おろしを食べると消えてしまった。日本野菜とフランスの野菜の差は圧倒的に大きい。たとえ素人が栽培しても、土が違っても、フランス野菜との間には歴然と差がつくのだ。さらに蓼科で地元のおいしい野菜を食べて考えた。もし本物の野菜作りのプロがフランスで日本野菜を栽培したら、料理の革命がおこるに違いない。

セーヌ川の増水(今年6月)

セーヌ川の増水(今年6月)