タカーチ弦楽四重奏団|藤原聡

タカーチ弦楽四重奏団~オール・ベートーヴェン・プログラム~

2016年9月21日 ヤマハホール
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by Ayumi Kakamu/写真提供:ヤマハホール

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第2番 ト長調 『挨拶する』 Op.18-2
同:弦楽四重奏曲第11番 ヘ短調 『セリオーソ』 Op.95
同:弦楽四重奏曲第14番 嬰ハ短調 Op.131

タカーチ弦楽四重奏団、初のヤマハホール登場である。vaがロジャー・タッピングからジェラルディン・ウォルサーに交代したのはそれほど昔のことでもないような気がしていたが、タカーチのプロフィールを見ると2005年だという。もう11年も経っている。タカーチの実演で筆者が忘れ難いのは、何と言っても2001年のカザルスホールにおけるバルトークの弦楽四重奏曲全曲演奏会。この時の技術的な練磨度の高さと気迫には心底圧倒され、これ以上のバルトークの実演には今後お目にかかれないのではないか、とすら思ったものだ(これ以前、団体名の由来となったvnのガボール・タカーチ=ナジ及びvaのガボール・オルマイが在籍していた頃の全員がハンガリー人であった時代のタカーチ実演はさすがに未体験)。
しかし、先述のようにvaが交代した後(恐らく直後だったのではないか)の来日公演では、どういう訳だかアンサンブルは緩み、各奏者の表現の方向性の統一にいささか欠ける演奏を聴かされる。むろん実演は「ナマモノ」であり、場合によっては実力通りの演奏が出来ない場合もあろう。メンバー交代直後という要素も当然考えられた。しかし、この際の演奏がある種の「躓きの石」となり、久しく彼らのコンサートには足を運ばなかったのである。
であるから、今回も期待と若干の不安が入り混じりつつホールを訪れた。プログラムは既に彼らが全曲録音を行なっている(vaはタッピング)ベートーヴェンの弦楽四重奏曲から、初期・中期・後期作品を1曲ずつ。

1曲目の『第2番』。やはり不安は的中したのか。1st vnのドゥシンベルは音程が甘く、運弓の正確さにも欠ける場面が出て来る。2ndのシュランツも音がたまにかすれ気味になる。中ではvaのウォルサーの骨太のどっしりとした音による風格とスケールの大きさが際立ち、それ自体は良いとしても、弦楽四重奏曲で各奏者が個別にやたらと目立つこと自体、まとまりに欠けることの証左だろう。総じて、全体に荒っぽい音響構築に終始していた感がある。演奏自体は決して悪くはない。しかし、往時のタカーチを知っている耳としては、いささか物足りない。

しかし、2曲目の『セリオーソ』から様相に変化が現れる。明らかにアンサンブルの緊密度、ヴィブラートの統一による音色の均質性や推進力が向上。4楽器のバランス感の良さと個々の技術的精度も増す。また、中期~後期楽曲ということもあるのだろう、響きに重量感も付加される。テンポ自体は昨今の『セリオーソ』演奏でよく聴かれるような快速調なものではなく、一昔前によく聴かれたようないささかゆったりしたものだ。第3楽章の終結部でも多くの団体がよくやるように大きくテンポを速めたりはしないし、第4楽章のコーダも遅い(後者では、こういう落ち着いた演奏で聴くことによって、しばしば感じられる「唐突な明るさによる白々しさ=デウス・エクス・マキナ的な突然のハッピーエンド」と聴こえずに全く自然な印象が残る。もっともそれが作曲者の狙ったものかどうかは別だが)。第2楽章の極めて内面的・瞑想的な演奏とも相まって、この『セリオーソ』は後期の傑作群にも比類すべき重みを持った作品としてヤマハホールの聴衆の前に立ち現れた。タカーチらしい個性的な演奏だが、これは名演と言って差し支えあるまい。

となれば、休憩を挟んでの『第14番』が悪くなる気は全くしないが、これは圧巻。コンディションは前曲よりもさらに向上している。第1楽章のフーガから、受け渡される各声部の歌は彫りが深く陰影とニュアンスに富み、呼吸も完璧だ。もう冒頭の1分ほどでこれが名演奏となることが確信される。この深さはただごとではない。1曲目と同じ団体が演奏しているとは思えない。
しかし、第2楽章ロンドから第4楽章の変奏曲までは意外にもリズムに軽やかさがあり、休符の扱いも若干切り詰められて推進性を聴き手に意識させる。この曲で通常こういう演奏はあまり行なわれないだろうが、決して嫌ではない。むしろユニークで新鮮味があり、筆者は興味深く聴いた(こういう「最大公約数」的ではない解釈を採用するところがいかにもタカーチらしい個性だ)。現世的な演奏、とも言える。
続くプレストによるスケルツォでは、楽章最後のスル・ポンティチェロを最大限に強調(申し訳程度にしか行なわない団体もあるのだ)、終楽章への橋渡しとなる感銘深いアダージョでは、ウォルサーのあまりに深いvaの音色に聴き惚れるのみ。そして決然と突入した最終楽章では、第1主題と第2主題の描き分けの巧みさに思わず溜息が出る。
楽曲のキモは押さえつつも、独自の読みも光る、繰り返すがいかにもタカーチらしい個性に溢れた稀有な『第14番』だったと言って良いだろう。名演奏。

アンコールは、なし。当然だろう。

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