鼓童 創立35周年記念コンサート 第1夜〜出逢い〜|齋藤俊夫

鼓童太鼓芸能集団 鼓童 創立35周年記念コンサート 第1夜〜出逢い〜

2016年8月18日 サントリーホール
Reviewed by 齋藤俊夫
Photos by岡本隆史/写真提供:鼓童

<演奏>
芸術監督:坂東玉三郎
太鼓芸能集団 鼓童
指揮:下野竜也
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団

<曲目>
伊左治直:浮島神楽(世界初演)
猿谷紀郎:紺碧の彼方(世界初演)
石井眞木:モノプリズム—日本太鼓群とオーケストラのための(1976年)
冨田勲:宇宙の歌(1994年/2008年)

筆者は少年時代に鬼太鼓座の地方公演を聴いたことはあるが、それ以外では和太鼓の演奏集団の演奏を聴いたことはない。鼓童の演奏会は初めてである。しかし筆者の専門とする現代音楽の作曲家の面々の名前が連ねられ、オーケストラと和太鼓が合奏するという今回のプログラム、果たしていかようなものとなるのか不安と期待が綯い交ぜになって挑んだ。

結論から言って、不安は当たらず、期待以上の音楽体験を味わわせてもらった。

まずは伊左治作品、鼓童の拠点たる佐渡島を幻の浮島と見てそこで舞われる神楽をイメージしたとのことだが、なるほど!現実とも幻ともつかない不可思議な舞の音楽であった。太鼓が力強く叩かれたと思えば、オーケストラが幻や狐狸物の怪、あるいは「千と千尋の神隠し」に登場する八百万の神々のごとく、いわゆる西洋伝統的な旋律や和声や対位法といったものを持たず、「太鼓的」な音響とでも言おうか、太鼓を打ってそのアタック音と減衰音が響いてくるのに耳をそば立てるような音響で幻影的に空中に浮遊する。太鼓群とオーケストラによる神楽舞はあるいは大きくあるいは儚くそのスケールと遠近感を変えつつ踊られ、蜃気楼のように消えゆく。いや、これは実に面白く豊かな音楽であった。

しかし次の猿谷紀郎作品はいささか筆者には掴みどころがなかったとしか言えない。太鼓もブラシでこする、変拍子を多用するなど伝統的な奏法を使わず、オーケストラも通常の奏法、形式ではない。だが、「現代音楽」の視点から作品を見てみると、非常に微温的なありふれたものとなってしまっていたのだ。和太鼓とオーケストラによる不定形でおぼろげな音響は確かに現代的かもしれないが、しかしその先が聴こえない。もっと「聴かせたいこと」を堂々と表現してくれたら、そうずっと思わされながら聴いていたらいつのまにか終わってしまった。少なからず残念である。

そして現代の古典として確固たる位置を占めているが、演奏機会になかなか巡り会えない石井作品、筆者も教養的にCDで聴いたことはあるが、しかし今回の生演奏を聴いてCDでは全く感じ取れない音楽的深みと圧倒的迫力に満ちたものと知らしめられた。特に前半、和太鼓が参加しない部分は当時の現代音楽の典型的な西洋音楽の語法がかなり色濃く残っている。だが、その中に鼓童の太鼓が入ってくると、全く新しい音楽が生み出される。しかしそれは西洋と日本との折衷的な音楽や和魂洋才といった音楽などではなく、現代音楽と呼ばれるにふさわしい、西にも東にもなかった全く新しい音楽なのである。最後の太鼓とオーケストラが一丸となって怒涛の音響が押し寄せてくるその迫力たるや!筆舌にし難い音楽とはまさにこのことである。時代を超えて響いてくる現代の古典、さすがとしか言いようが無い。

これまでの前衛的な3曲から打って変わって平明な冨田の作品はアンコールとして丁度良く感じられた。今回の演奏会の「太鼓とオーケストラ、至上の響きへの邂逅」というキャッチコピーに違わず、太鼓がただの太鼓ではなく、オーケストラもただのオーケストラではないというまさに「現代音楽」ならではの「出逢い」に立ち会えた幸せをしみじみと感じさせられた。革新されていく伝統を担った鼓童のますますの発展を祈る。

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齋藤俊夫(Toshio Saito)
1980年栃木生まれ。慶應義塾大学院で音楽学を学び修士号取得。一時メーカー勤務するも辞職し現在フリー。主な研究対象は伊福部昭を中心とした日本近現代音楽。2010年度柴田南雄音楽評論賞奨励賞受賞。2015年度群像新人評論賞第一次選考通過。

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