五線紙のパンセ|その2)静寂を操る境界の駆け引き|鷹羽弘晃

その2)静寂を操る境界の駆け引き

text by鷹羽弘晃(Hiroaki Takaha)

現代音楽を指揮することがあります。もともと指揮者に憧れて音楽の道を志したのですが、そのために勉強していた作曲の方に興味が出てきて、在学中は作曲を専攻しました。作曲科の仲間たちといると学内の作品発表会のような場所で、「弦楽四重奏を書いたんだけど、指揮者がいないと演奏不可能と言われてしまった。指揮おねがい!」ということがよくあって、指揮をする機会にも恵まれました。その経験が今に繋がっています。
新しい曲は好奇心が掻き立てられますし、作曲家と直接話しが出来ることも刺激的です。そして何より現代音楽の指揮は、作曲をする私にとって音の出る現場を体感することができます。このことは私の創作活動にとても大きな影響を与えています。

私にとって、現代音楽もクラシックの曲も演奏のスタンスは何ら変わりありませんが、現代音楽の指揮で特に気をつけている点は「演奏の終わり方」です。現代音楽では曲がどこで終わったのか、聴き手が分からないことが多いのです。
例えば、モーツァルトなどは聴衆がその曲を知らなくても演奏が終わったら自然と拍手がわき起こります。ところが、現代音楽の場合はそうは行きません。中には「ジャーン!」と終わる分かりやすい曲もあるのですが、大抵の場合は「まだ続くの?終わったの?」という感じで、曲が終わってもなかなか拍手は起こりません。
現代音楽の指揮をはじめた頃は、拍手が来ないことに困って指揮台の上でキョロキョロしていました。そして、「指揮者は曲が終わったことを聴き手に伝える必要がある」と考えるようになりました。「曲が終わってからの沈黙は、聴衆が余韻にひたっている時間なのか、拍手を躊躇している時間なのか。指揮者が空気を読んで判断すべきだ」と。
しかし、これは作曲家の引いた終止線の上に演奏者が勝手に別の終止線を上書きする行為になってしまう危険性があります。そんな考えを巡らせていると、今度は、作曲家の方が「曲がいつ終わったかわからないように」という指示を書いている譜面があって・・・・もう大変です。
いずれにせよ、「演奏の終わり方」は、聴衆を曲の世界から日常の世界へ戻す部分であり、曲そのものの印象に直結するので、指揮者のセンスが最も問われるところなのです。

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古楽器と和楽器によるアンサンブル室町の公演
『東方綺譚』(2013)
ヴァイオリンソロはハエ=スン・カン女史

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作曲家アラン・モエーヌ氏と
2011年のアンサンブル室町のリハーサルの一場面

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マンドリンアンサンブル「リベルテ」との演奏
独奏は望月豪氏

どこまでが曲で、どこまでが演奏なのか。私がパリに留学していた2011年はマーラー没後100年で演奏会が目白押しでした。世界屈指のオーケストラの演奏会ばかりで、毎日のように出かけたことを思い出します。「マーラーの静寂」と言えば『交響曲第9番』の最終楽章。彼岸の先にすべての音が終着するまでの時間とでも言いましょうか、曲の最後に会場全体で共有する静寂の中に、感動がこみ上げてきます。その年は何度も最上級の無音を聴いて幸せでした。

しかし中には、アバトのルツェルンでの伝説的名演に対抗しているのか、聴衆の緊張が解けているのにも関わらず無理に静寂をキープしようとしている指揮者もいて、「どれだけ無音が保てるか競争している訳でもないし」と興醒めすることもありました。
このシーズンで私が最も印象に残ったのは『9番』ではなく、マリス・ヤンソンスとロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の『交響曲2番<復活>』の演奏会です。この曲は1、2楽章の間に「少なくとも5分間以上の休みを置くこと」という作曲家の指示があります。ヤンソンスは1楽章を終えると一度、指揮台から降りて舞台袖に戻っていきました。舞台にはオーケストラと後の楽章のためにスタンバイしている合唱団のみが音を出さずにじっとしている。それは珍しい光景でしたが、だんだん会場の空気がピーンと張りつめた1楽章の余韻から緩んでいきました。
そして5分後、再び指揮者登場。その瞬間、拍手が起こりはじめました。が、ヤンソンスは、道ばたで知り合いに会った時のように片手をちょっと挙げて「拍手は要りませんよ」というサインを出しました。拍手はぴたっと止み、2楽章が静かに始まりました。
わずかな動きで会場全体を掌握してしまうヤンソンス。でも決して威圧的ではありません。それは「私は一度いなくなりましたが皆さんはずっとマーラーの曲の中ですよ」というメッセージだったのだと、最高の演奏会を聴いた帰り道でようやく察知することができました。
大指揮者の境地には遠く及びませんが、私も新しい音楽を、曲の聴き方の提案と合わせて、社会に投げかけて行きたいと思っています。

★公演情報

「故入野義朗生誕95年記念コンサート」
2016年11月14日[月] ●開場18:30 開演19:00
東京オペラシティ リサイタルホール(初台駅)
【公演内容】
日本の現代音楽を牽引した入野義朗の作品展。12音技法的な響きの室内楽、合唱「凍る庭」、邦楽器の作品「四大」など、さまざまな編成の珍しい作品が並ぶ貴重な機会。鷹羽は「管楽五重奏のためのパルティータ」の指揮で出演予定。
【お問い合わせ】
一般3000円 学生1500円
東京コンサーツ 03-3200-9755
<公演情報リンク> http://yoshiro-irino95th.strikingly.com/

「三瀬和朗作品集――若い演奏家達へⅢ」
2017年1月8日[日] ●開場13:30 開演14:00
東京オペラシティ リサイタルホール(初台駅)
【公演内容】
恩師、三瀬和朗の個展の第3回目。鷹羽は新作の「ピアノ協奏曲」等の指揮で出演。
緊張感ある響きの中に温かさが滲む独自の作品世界を。なお、第2回の模様はCDで。「三瀬和朗 作品集 Exton OVCL-00538」好評発売中。
【お問い合わせ】
一般4000円 学生3000円 9月15日前売り開始
チケットお取り扱い:東京オペラシティチケットセンターTEL03-5353-9999

「リベルテ・マンドリンオーケストラ(Liberté) The 13th Concert」
2017年1月21日[土] ●開場17:00 開演17:30
川口リリア音楽ホール(JR川口駅)
【公演内容】
Pops in Mandolin Orchestra- The Beatles II(松波匠太郎・田口和行他編曲)
G.Manente:幻想曲「華燭の祭典」
川上統:Moose(2015)・委嘱新作
Tchaikovsky佐藤洋志編:弦楽の為のセレナーデ
マンドリンニスト望月豪が主催する団体の定期演奏会。鷹羽は客演指揮。毎回注目の作曲家に委嘱をしているのが特徴で、今回は川上統さん。その他、現代作曲家によるビートルズのアレンジや、マンドリンアンサンブルの定番曲なども。
【お問い合わせ】
http://www.liberte-mandolin.com/
Liberté事務局 メール:info@liberte-mandolin.com

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鷹羽弘晃( Hiroaki Takaha)
2001年桐朋学園大学作曲理論学科卒業。パリ・エコール・ノルマル作曲科にてDiplome Supérieur取得。作曲家。ピアニスト。合唱編曲も多く、現在NHK-FM「ビバ!合唱」の毎月第4週のナビゲーターを担当中。指揮では、アール・レスピラン、アンサンブル・ノマド、Tokyo Ensemnable Factory等に客演。2010年より和楽器とバロック楽器からなる「アンサンブル室町」の指揮をつとめ、2013年の公演『東方綺譚』は第13回佐治敬三賞を受賞した。これまで、一柳慧氏、権代敦彦氏、藤倉大氏、酒井健治氏らの作品初演など、現代作品を中心に活動している。アンサンブル・コンテンポラリーαメンバー。